賢者①




「今日は賢者様が到着されるそうなので、勇者様も出迎えのご準備をよろしくお願いします」


 実際準備をするのはシンでは無いのにも関わらず、執事はシンに向かってそういった。


 賢者。


 それは職業ではなく称号である。


 魔法系統の職業のなかで、最も優れていると各国及び教会に認められた人物。

 人材がいなくて存在しない時代もある。


 並大抵のことだけでは辿り着くことのできない境地。


 そんな伝説的な人物がシンに会いに来る。


 そう思うだけでも、シンには到底信じられないことだった。


 ここの人からすればよくあることだそうだ。


 各国の権威が集まるこの場所では、もう当たり前の感覚らしい。


「賢者かぁ。どんな人なのかな」


 年老いていて、大きなとんがり帽と大きな杖を持ち、知己に富んだ人。


「今代の賢者様はお若い方だそうですよ」


 シンの身だしなみを整えていた使いの少女がシンに告げた。


 若い。


 それがどのくらいなのかはわからないが、若いのなら尚更凄いことだった。


「そうなんですね」


 独り言に返事をされたことに若干動揺しつつもシンは少女に返した。


 それ以降特に会話があったわけでもなく、シンはその部屋を出る。


 ここに来てから増えたことだ。


 毎回変わる使用人。


 親密になることそれすなわち媚。

 それが彼らの中のルールらしかった。


 侯爵家にはなかったルールだ。


 部屋の外で待っていた使用人について行く。


「勇者様はこちらでお待ちください。もうしばらくすれば賢者様がいらっしゃるので」


 流暢な言葉遣いでそう言い残すと、使用人は外へ出て、また別の使用人がお茶を持って入ってきた。


 



 一時間は待っているだろうか。


 シンは実質一人きりで賢者を待っていた。


「だから、私は勇者になんてついて行かないって言ってるでしょ!」

「落ち着いてください。賢者様。せめてお会いになってから決められたほうがよろしいかと」

「それじゃ、どこにいるのよ。一発打ち込んで帰ってやるわ」


 外から少女の騒がしい声が聞こえてきた。


 そして、ノックもなくドアが勢いよく開かれる。


「どこよへっぽこ勇者!」


 シンの目と少女の目が合う。


「え?」

「え? じゃないわよ。あんたが勇者なのかって聞いてんのよ」


 シンが反応したときには少女はシンの目の前にいた。


 シンは思わず尻もちを付いてしまう。


「沈黙は肯定。私の考え通りヘボいじゃない。一応教えてあげる」


 金髪にエメラルドのクリクリっとした目。


 シンよりも年下であろう少女がシンを見下ろして言った。


「私はマリン・カミーユ。あんたらの言うところの賢者よ」



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