聖女
「いや、何でもありません」
「いや、気になっちゃいますよ。我慢せず言っちゃってくださいよ」
何かを我慢するように口を噤んだシンに、カナリアが俯いている顔を覗き込む。
「カナリアさんは今の生活が楽しいのかなって思って」
目を合わせてきたカナリアの目からそれるようにシンが姿勢を変えた。
「今の生活も何も最初からこれでしたし、別になんとも思いませんよ?」
カナリアが首を傾げる。
生まれたときから聖女として育てられてきた彼女にとって今の生活こそが普通だった。
「羨ましいです」
シンは一瞬面食らった後、そういった。
シンには前の生活と今で大きな変化があるがカナリアのはそれがない。
その差は小さいようでとても大きかった。
「でも、他の人を羨ましがってもしょうがないとは思います」
カナリアが付け足す。
「私だって、街に出たとき、あれがしたいとかこれがしたいとか思ったことはありますけど、私には聖女っていう立派なお役目がありますから。諦めだと言われればそうですけど、割り切らないと前に進めないですし」
カナリアがシンと目を合わせた。
正論だった。
大人になるとはそういうことなんだと、シンは改めて言われた気がした。
「でも、突然そうしろって言われてもって感じですよね。私で良ければいつでも相談に乗りますよ」
考えあぐねてしまったシンにカナリアが言う。
いつの間にか日が暮れていた。
「あっ夕食の時間に遅れてしまいますよ。それと、今日はおめでとうございます。困ったときはいつでも頼ってくださいね」
そう言うと、カナリアは慌てたように部屋から出ていってしまった。
◇ ◇
なんだかものすごく人生の先輩感を出してしまった。
やっぱり自分はどこまで言っても聖女なのだとある種の諦観をカナリアは抱いてしまう。
まだ何者にもなっていない彼には自分のようになって欲しくないと思うと同時に、そうしないと彼自身が潰れてしまうとも思う。
聖女になる人間には生まれた時に神託が降される。
だから、聖女になるためだけに育てられ、生きてきた。
自分は聖女なのだと。
代わりなどいない。
個人ではなく、聖女なのだと。
そうやって生きてきた。
でも彼は違った。
一昨日、突然勇者だと言われわけもわからない場所に連れてこられて、それがどれほどに苦しいことなのかカナリアには想像することしかできない。
でも、少しだけでも彼の苦しみを肩代わりしてあげたい。
普通を羨むことができる彼をそのままにしておきたい。
なんでこんなことを思っているのかわからないが、カナリアはシンの力になりたいと、そう思わずにはいられなかった。
聖女としてなのか、個人なのか、カナリアにはわからない。
それはカナリアにとって初めての感情だった。
その感情の名前をカナリアはまだ知らない。
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遅くなりました。
一目惚れってやつですかね。
よかったら応援コメントや星をお願いします。
星が入れば作者がその日だけ覚醒します。
これからもよろしくお願いします。
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