表の顔②




  エギルの姿を見て、シンは思わず立ち尽くしてしまった。


 青地に金の刺繍が入った、いかにも高価そうな衣装。

 機嫌の良さそうな顔。

 

 これが、エギルの侯爵としての顔なんだと、シンは実感する。


「どうかしたのですか勇者様。こちらにお掛けください」


 ビヨルドが笑顔で手招きした。


 自分は勇者なんだと、シンは自分に言い聞かせてビヨルドの隣に腰を下ろした。


 ソファーも今まで座ったのとがないほどに柔からい。

 シンは居心地が悪かった。


「改めておめでとうシン。いや、今は勇者様か。私は今君のことが誇らしいよ。君ならいつか何かやってのけると思ってたんだよ」


 エギルの口から信じられないような言葉が次々と出てくる。


(『おめでとう?何かやってのけると思っていたんだよ?』思ってもいないくせに)


 シンは思わず表情を歪めそうになるが、それをエギルが目で制した。


『余計なことは言うな』


 エギルの目はそう語っていた。


 勇者であるシンを今までないがしろにしていたなどと知られれば、エギルは終わりである。


(!?)


 シンは自分の震えを止めるので精一杯だった。


 勇者になって、エギルよりも偉くなったとはいえ、染み付いてしまったエギルへの畏怖は、そう簡単に消えるものではない。


 勇者になっても、結局扱いは変わらないのだと、シンは思い知らされたような気がした。


 思い上がるな、と。


「これほどの少年の価値を見抜くとは、やはりシヴィル閣下もお目が高いですな」

「そんなことはありませんよ」


 一方で、ビヨルドは全く気付いていないようだった。

 

 ただの社交辞令である。


「教会としても、勇者が出てくると安心しますね。このところ、魔物の動きが活発になってきたとの情報がありましたから」 

「そうですな。この領都周辺でも同じような噂が流れていますからな」


 魔物の動きが活発になる。

 それは魔王復活の兆候、或いは復活の副産物のようなものである。


「魔族の報告もありましたから。本当に一安心ですよ」

「!? それは本当ですか!? 」


 魔王の眷属がいたとの報告にエギルが思わず立ち上がる。


「ええ、本当です。それより、お掛けください」

「申し訳ない。見苦しい姿を見せてしまったな」


 ビヨルドの言葉で冷静になったのか、エギルは咳払いを一つして静かに腰を下ろした。


「これからまた魔族との戦争が始まるのだな。こちらに勇者がいる以上、恐れることは何もないがな」


 エギルは満足げだ。


 やっぱり夢なんかじゃなく、これは現実なんだと、シンは落胆すると同時にどこか安心する。


(まだ僕は使ってもらえるんだ)


 勇者としてこれから自分は活躍できるのだと、シンは胸をなでおろした。


「明日には聖都に向けて出発しますので、宜しくお願いします。お荷物なども―――」

「いや、これといったものはありません。もともと欲があまりありませんでしたので。最低限のものだけ、明日直接送ります」


 シンが考え事をしているうちにエギルとビヨルドの話は終わりに差し掛かっていた。


 終始エギルは嘘しか喋っていない。 

 シンが否定すればそれで終わりだが、それができないことをエギルは知っていた。


 ビヨルドはビヨルドで、エギルの機嫌を取りつつ、自分の意を通すことを考えていた。


 シンとビヨルドはエギルを教会の門まで見送る。


「ではまた明日。早朝にこちらに伺います」


 エギルは馬車に乗り込むと、窓から顔を出し、最後にそう告げた。


 


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 

 前々話である『勇者』の最後のセリフ等を修正しました。良ければご確認ください。


 

  


 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る