表の顔①
慣れない待遇。
慣れない服装。
「朝食でございます」
メイドに案内され、シンは食卓についた。
侯爵家と同等かそれ以上の広さの部屋に、ビヨルドをはじめとする教会の使徒たちが並んでいた。
「勇者様。今日の調子はどうですか? 」
シンが部屋に入ると同時に、ビヨルドたちが一斉に立ち上がり、会釈をしてくる。
変に気を使われるたびにシンは吐き気がした。
日常とのギャップがありすぎて、そのたびにどこかに疲れが溜まっていく。
「僕なんかにそんなに気を使わないでくださいよ」
「いえいえ。勇者様ですから。これくらいはしなければというものですよ」
ビヨルドがごまをするように言った。
貼り付けられたような笑顔。
進められるがままに食事を始めた。
「!?」
朝の食事はシンが今まで食べたどの食べ物よりも美味しかった。
シンの陰鬱な気分を吹き飛ばしてしまうほどに。
シンはまたしても、自分にはもったいないと思ってしまう。
「勇者様、本日はシヴィル侯爵閣下参られます。朝食が終わったら、お部屋の方に召使いを遣わせますので、準備の方をよろしくお願いいたします」
ビヨルドが口にした何気ない一言で、シンの頭が真っ白になる。
美味しかったはずの食事は味がしなくなり、心なしか食事をする手も震えているような気がした。
「侯爵閣下が来る……。わかりました」
声の震えを必死に抑えてシンは返事をする。
目が覚めた時点で、シンはもうエギルとは会わないものだと思っていた。
自分は関わりのないどこか遠くに行くのだろうと。
現実はそんなに甘くはなかった。
大人の言うこと、偉い人が言うことには反抗せずに黙ってうなずく。イエスマンであれば、誰にも何も言われない。
エギルのもとでの生活の中でシンが学んだ人との付き合い方である。
これのおかげで、シンは侯爵家のメイドたちとうまくやっていた。
ここでもそれは変わらない。
まだ慣れないが相手が望む自分であればいい。
朝食が終わり部屋に戻ると、すでにメイドが待機していた。
「お着替えを用意させていただきました」
つい昨日まで自分も彼女と同じ仕事をしていたのだと思うとシンにとってそれは違和感でしかなかった。
彼女にその話をしたらどう思うのだろうか。
嫉妬?
羨望?
職業神託というのはそういうものなのだ。
それ一つで人生のすべてが決まってしまう。
「お手伝いをさせていただきますね」
癖で一人で着替えようとするシンを見て、メイドが慌てたように服を着せた。
これも立場というものなのだろう。
シンが戸惑えば彼女も戸惑う。
それがわかっていたからシンは特にリアクションはしなかった。
「髪も整えさせていただきますね」
そう言って、シンを部屋に備え付けられている化粧台の前に座らせた。
彼女の手によってシンの黒髪が整えられていく。
不意にドアがノックされた。
「シヴィル侯爵閣下が到着なさいました」
ちょうど着替えが終わったタイミングだった。
「今行きます」
シンは廊下に出て、執事に案内されるまま、応接室に入った。
「我が家の者から勇者が出るなど思いもしませんでしたなぁ。光栄の極みでございますよ」
応接室の中にはシンが見たことのない優しげな表情をしたエギルが、ビヨルドと話をしているところだった。
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