授けられた神託①


 蔑みの視線を背に侯爵邸を後にした。


 シンは今、侯爵が所有する馬車になぜか乗っていた。


 シンが座る向かい側には、その息子であるジキルが不機嫌そうに座っている。


「なぜ僕様がこんな屑と同じ馬車に乗らなければならないんだ? 御父上も何を考えているのやら。おい貴様、御父上の寛大な処置に感謝するんだな」

「は、はい」


 ジキルが不機嫌さを隠そうともせずそう言った。


 シンは慣れなことばかりでいっぱいになり、話半分しか入っていないが、反射的に返事をしていた。


 そもそも、従者は馬車には乗らず、歩いてついてくるものなのだ。にもかかわらず侯爵はシンを馬車に乗せている。

 シンには侯爵が何を考えているのかさっぱりわからなかった。


「もっとも、貴様のようなやつが馬車に乗る機会なんてもう無いだろうがな」


 ジキルがこれでもかと悪態をつくが、外でのジキルの評価は人間性も将来性も兼ね備えた優秀な人間だ。

 そんなジキルが悪態をつくほどには、シンの立場は弱いものだった。


(こんなことになるくらいなら、いっそ生まれてくるんじゃなかったよ)


 シンは窓越しに街の様子をぼんやりと見ていた。

 生き生きとした領民達。笑顔で走りまわっている子供達。


 シンにはそれら全てが輝いて見えた。

 自分も本来はあんなふうに普通の人生を歩んでいたかったのに、と。


 

 馬車が止まってドアが開く。


 ドアの向こうには、真っ白で汚れ一つないセフィロ教の教会があった。


 手入れの行き届いた庭。

 閉じれば何人たりとも入れない門。


 権威の象徴のような建物だ。


 セフィロ教とは、シンが住む大陸で唯一の宗教だ。国境問わず、誰もがこの宗教の教徒である。


 セフィロ教が支持されている理由は、職業信託である。

 神によって授けられるこの職業というのは、その人の天命を定め、人生を豊かにすると考えられている。


 魔法使いであれば、魔法の威力上昇や、消費魔力の減少などの恩賜が受けられ、下手な新興宗教の迷信よりも遥かに信憑性があった。


 シンがその光景に見とれている間、ジキルが他の従者達にエスコートされ、馬車から降りていた。


 シンは我に返って、慌てて馬車から降りる。


「本来はお前が先に降りてエスコートをしなければならんのだぞ」

「は、はい。すみません」


 年配の従者に叱られ、シンはうつむいて返事をした。


 ジキルに向けられる羨望の眼差しと、シンに向けられる蔑みと奇異な視線。

 シンには居心地が悪くて仕方がなかった。


 教会には領都に住む子供達が既に集まっていた。


 慣れない人混みと向けられた視線。それら全てがシンの何かをガリゴリと削っていった。 

 どこか遠くヘ逃げ出してしまいたい。侯爵邸でも構わない人目につかない所へ。




 


 

 

 

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