第4話 元王子と勇者の旅立ち
別れの挨拶をするために客人の間へ足を向けると、既にウルスラは訓練を終えて戻ってきていた。
「あ、フリードリヒ。どこへ行ってたの?」
「……突然のことですまないが、勇者様。俺は今夜限りで仕事を失うことになった。おそらく世話役が変わることになると思う」
「えぇーっ!?」
フリードリヒが事情を話すと、ウルスラは表情を消し、無言で聖剣を手に取った。
「もうここにいる理由はない……。村の人たちのあんな姿も見たくはなかった」
「勇者様、何を考えているかわからないが、少し落ち着いてくれ」
「私は落ち着いてるよ。ええ。大丈夫」
今まで貧しい暮らしを強いられてきた村人が、贅沢と権力の味を覚えたらどうなるか。結果は見るまでもなく明らかだった。彼らの存在は、彼女にとって足を止める理由にならないだろう。
ウルスラが次に彼へ顔を向けたとき、彼女の眼は決意に満ちていた。
「ようやく覚悟が決まったわ。私も今夜ここを出て、一人で世直しの旅に出る! 今までお世話になりました。止めても無駄よ!」
もう心は決まっていたのだろう。旅に必要な荷物は大方まとめられてあった。
「まさかだろ? だが、今までのよしみで願いを一つ聞いちゃくれないか」
「どんな?」
「……実は、母親が占い師でね。簡単なやつなら俺もできるのさ。旅の景気づけに、試してみないかい?」
「まぁ、いいわ」
「ありがとよ。じゃあ、こいつを取り出しましてっと」
彼は、自分の荷物の中から広い羊皮紙とさいころをいくつか出した。
「さいころ占い。心静かにさいころを振り、出目とさいころの転がった位置で吉凶を占う。振るのはウルスラだ――さ、どうぞ」
「うん。――えいっ!」
さいころが、四つに区切られた羊皮紙の各所に転がり、出目を示した。
「ほう。こうきたか……。どれどれ、ふーむ」
さいころの位置と出目を見て、静かに瞑想する。突如、とある光景が脳裏に浮かんだ。
「うんうん。旅立ちは吉。方角は――そう。北東が良いと出たぞ。……全く関係ないが、城の東門と北門の間は城壁に穴が空いてる。そして、修理に手が回らないから見張りを立てているな。まぁ、この見張番はあまりやる気がないから、人の一人くらいならこっそり真夜中に出て行っても気付かないかもな」
「――それだけ聞ければ十分です」
「俺の方こそ今までお世話になった。では、勇者様。これにて」
「……ええ。貴方もお元気で、フリードリヒ」
彼が出ていくのを見た勇者は静かにその時を待つ。
(こんな女の子を戦うだけの武器に仕立てあげて利用するなんて、いくらなんでもあんまりじゃねえか。……たった一人でなんて行かせるものか!)
一方のフリードリヒの身には、怒りにも似た感情が湧き上がった。それに突き動かされるように、用意しておいた切り札を切る覚悟を決めた。
――深夜。宵闇に紛れて、フードとマントを身に纏った勇者は急ぐ。王城北東の城壁へ。
「……ここね。さ、行こう」
話に聞いたとおり、見張番は適当に見回っているだけだった。なお、彼女にはもう一匹連れがいる。
静かに城壁の間を通り抜けると、城下町には漆黒が広がっている。だが。
「っ! 誰!?」
人の気配を感じ、ウルスラは聖剣の柄に手をかけた。
「こんばんは、また会ったね勇者様。しかし、この暗さでも俺がわかるのか」
それは、誰あろうフリードリヒその人だった。ナイフを差し、弓と矢筒を背負っている。
「脅かさないでよ。どうしてここに?」
剣の柄にかけた手を外し、被っていたフードを下ろした。
「――この国にも、一人くらいは勇者の心に寄り添う男がいる。それを証明したくてね。誰がなんと言おうと俺はウルスラに付いていく。お望みとあらば、この弓と矢で役に立ってみせるさ」
「きっと危険な旅になるよ?」
「俺は、俺自身の意思で行く。命令された訳じゃない。……もう、王とも縁が切れた」
ふてぶてしく、しかし頼もしげに少年は笑った。
(みんな私を利用することしか考えなかった。剣の求めに応じ、一人で旅立つつもりだったけど。……ここに、心を同じくする仲間がいた!)
「ありがとう、とても心強いわ! よろしくね」
少年と少女は、固く握手を交わした。……もう少しフリードリヒの夜目が利けば、彼女の眼に光るものがあったのに気付いただろう。
「しかし、馬も一匹頂戴してくるとは。やるな、勇者」
「馬小屋で、ひとりぼっちにされていた子を連れてきたの。こんなに立派で賢いのに。……ね、ブリュンヒルデ」
連れている大きな体の馬が、機嫌良く顔をウルスラにこすりつける。彼女も優しく馬を撫でた。
「ブリュンヒルデっていったら、王の乗騎だ。大枚はたいて買ったはいいが、王も背に乗せたがらない、じゃじゃ馬のはず――」
それを聞いた馬がフリードリヒの方に顔を向け、うなり声を上げる。
「言葉がわかるのか?」
ブルルル、という声で馬は応えた。理屈はわからないが、こちらの意図は通じているらしい。
(馬小屋番も、この馬のことを好き勝手言ってたからなぁ。それが聞こえてたなら、誰も乗せなくなるか? 誇り高い性格なんだな)
「よしよし。よろしくな、ブリュンヒルデ」
ブリュンヒルデも、新しい乗り手たるウルスラの顔を立て、ひとまず友好的に応じてくれた。
「さて、城は抜けたけど、町にもまだ門がある。もしもの時には……」
憂いを帯びた表情で、彼女は聖剣に手をやる。本気で戦えば、確実に多くの死人が出るだろう。……彼女はかすり傷一つ負うことなく。
「ウルスラ、実は考えがあるんだ。町の門番は市民の割合が多くてね。ちょっと出費はあったが、一つだけ門が開けられるようにしてある」
「準備がいいわね」
「もしかしたら、こういう日が来るかもと思って。普段から門番の旦那方に色々と付け届けしといたのさ。持つべきは、お得意様だ」
「やっぱり、悪い
「最低王子に、追放王子ってのも追加しといてくれ。ついでに、勇者も逃がすから立派な悪党の仲間入りだ!」
小さく二人は笑い声を上げる。そうして、町の門も難なく通過できた。しかも、門番からは餞別までもらったのである。
街を一歩出ると草原と森が広がっている。独特の青臭さが鼻につく。
「最短で国を出るなら、このまま西に向かう。夜が白み始める頃には、徒歩でも国境の河に着けるだろう」
「さすがにこの暗さじゃ、馬で移動できないよね」
ウルスラの声を聞くと、ブリュンヒルデが声で存在を示した。
「え? 『大丈夫だから乗れ』? 本当に?」
「ウルスラ、わかるのか」
「なんとなく、そう言っている気がして……」
乗りやすいよう馬自身が少し屈んだ。ちゃっかり馬具までもらってきたようだ。
「乗馬も習ったから、私が手綱を握るよ」
「わかった。万一の時には俺の手が空いてた方がいいしな。自慢じゃないが、馬上からでも空飛ぶ鳥をブチ抜いてみせるぜ」
フリードリヒが矢筒を軽く叩く。彼女が馬に乗ったのを見届けると、彼もひらりと鞍の後ろに乗った。
「頼もしいけれど、不必要に生き物を撃つのは良くないわ。――しっかり私の身体に掴まってね」
「手厳しいね。……うん、ようし」
これは二人乗りのためだからいやらしい目的じゃない、と少年は自分に言い聞かせた。軽口は叩いても、彼は母親以外の女性に触れたことはない。
「ようし! 行こうブリュンヒルデ!」
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