第3話 鍛錬の勇者 そして王子の転落

 10日が過ぎた。既に、勇者の剣術はこの城の誰よりも凌駕している。これまで武器を握ったこともなかったウルスラだったが、聖剣の加護により恐ろしい速度で上達していった。

――1日目は、末端の騎士にも叩きのめされる程度だった。3日が過ぎたとき、中堅の騎士数人と互角に打ち合っていた。5日目になると、騎士団長とも一対一で渡り合える腕前になっていた。7日が過ぎると、騎士団長が何度戦っても地面に這わされるようになった。9日目。武芸指南役が、もう教えることはないと言い切った。


「くたびれた……。フリードリヒ、飲み物を」

「かしこまり。勇者様」

 武技の他に、やることは多い。書き取り、礼儀作法、詩文、ダンス、姫君に対する歌の贈答など。その大半に、世話役としてフリードリヒが侍ることになっている。彼女――勇者が中でも苦手としているのは、事情を知らないお姫様に贈る歌を、男性として歌うことである。


「ただ強いだけじゃ勇者とはいえないって、わかってはいるのよ」

「うん」

「けれど、日々を過ごすごとに想いが強くなるの。――希望を示し、魔王を討ち、この世で泣いている人を救えって」

 彼は無言で果実水と軽食を差し出した。


「ありがと。陛下にも世直しの旅に出たいと申し出たけれど『付き従う軍の遠征準備を整えるまで待っていてくだされ』とだけ仰って、それ以降何も動きがないの……」

「城のテラスから、勇者のお披露目はしたな。集まった人々に手を振るだけの」

「いずれもう一度陛下にお許しを願うわ。それでも駄目ならそのときまた考える」

「ああ。俺にできるのは身の回りの世話くらいだが、いつでもここで待ってるよ」

 満足げに彼女は頷き、彼に微笑みかけた。

 

――さらにそれから10日後。


「……私の旅路に必要なのは、誠実と慈悲よ。他国に対する物々しい大軍なんて必要ない。ここで起たなければ、誰が世界に希望を示すというの」

 フリードリヒが部屋で待機していると、表情を険しくしたウルスラが部屋に入ってきた。

 

「やあ、お帰り勇者様。何か食べるかい?」

「要らない。少し剣でも振ってくる」

 余程腹に据えかねることがあったのだろう。訓練用の木剣を数本見繕い、会話もそこそこに訓練場へ向かっていった。

 

(ウルスラの怒った顔なんて珍しいな)


 彼が不思議に思っていると、部屋の外からフリードリヒを呼ぶ声がある。彼がそれに応じると、黙って王の間に着いてくるよう命じられた。

 

 王の間に出頭すると、父たる王をはじめ、重臣や騎士団長、他の王子たちも揃っている。

 

「フリードリヒ・グローレス。参りました。一体どのような御用向きでありましょう」

「ふん! しらばっくれるな、この食わせ者めがっ!」

 眼の周りが赤黒く見えるほど、王は立腹している。フリードリヒには心当たりがなかった。次に口を開いたのは次兄である第二王子だ。


「勇者殿が諸国を巡る冒険の旅を願っている。だが、それは勇者殿の意思ではない。そうだろう? 勇者殿は国の宝にして最高戦力。そのことを貴様や勇者殿が理解していないはずはない。だが、勇者アルスラは国を出て旅に出ることを願っている。勇者殿に影響を与えられるだけの人物で、入れ知恵できる機会を持った人間――貴様しかあるまい」

「確かに立場上それができるのは我が身くらいですが……」

「勇者殿は誤らず、常に正しい。したがって、勇者殿の道を誤らせたのは貴様なのだ、愚弟。勇者はこの国に居り、我が王国が世界の中心に返り咲くための、最強の矛たるべきなのだ!」

「兄上、それはあまりに……」

「黙れ、貴様に兄と言われる筋合いはないッ!」

「もはやわしの我慢も限界じゃ。……もう親でも子でもない。どこへなりとも行ってしまえ」

「父上っ!」

「……ああ、お前の面を見ていると思い出す。忌々しい、黒髪黒目の、褐色の占い女。お前は何もかもが母親にそっくりじゃ! わしのただ一度の気の迷い……」

 そう言って、王はふらふらと玉座を離れ、私室に戻っていった。


「父に代わって命ずる。フリードリヒ、本日をもって、王族から除籍し、王城より追放を言い渡す。二度とグローレスの姓を名乗ることを許さぬ」

 父王の後継者を自任する次兄が、よく通る声で言い放った。

 

「承知しました。……もう、この城に戻ることはないでしょう」

「夜明けまでは時間をやろう。荷物をまとめて出て行くがよい」

「……御意」

 護衛の騎士に促され、フリードリヒは王の間を退出していった。

 

――閑話休題。この一連の追放劇が、巡り巡ってグローレス王朝の余命を大きく縮めることになる。人事の引き締めを狙った策が完全に裏目に出て、人材の流出を招いたのだ。後世の史家によると、この時点で王国の滅亡は確定したという。

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