第2話 男装の勇者
勇者誕生――この一大事に気が高ぶったフリードリヒはしばらくの間寝付けなかった。しかし何日か経った後、突然の来訪者によって、彼は目をこすりながら寝床から這い出ることになる。
「フリードリヒ・グローレス王子はおられるかーっ!?」
「ンな大声出さなくっても聞こえてるよ。何かご用?」
「うむ! もうご存じかもしれぬが、ついに勇者様が我が国に現れた! 急ぎ王の間に参り、陛下のお言葉を聞きたもうべし!」
「へいへい、承知しました」
「では、拙者はこれで! 失礼つかまつる!」
言いたいことを伝え終わった男におざなりな礼をし、手持ちの中で一番良い服を取り出した。
王の間に着くと、既に異母兄弟姉妹が用意を調えている。フリードリヒは末端のさらに隅に身体を落ち着けた。
「生まれが卑しいと、性根も卑しくなるのかしら。ねえ?」
「目立ちたがり屋め。遅れてくれば構ってもらえるとでも思っているのか」
「アレが、兄? ないない、絶対あり得ない!」
「仕方ないもの。あの子には貴族の青い血が流れていないんだから」
そこかしこから、そんなささやきが聞こえる。
(最低王子……ね。誰が付けたか、ぴったりだ)
ウルスラの素朴な優しさが妙に懐かしい。そう思うと、フリードリヒの年齢に似合わない苦笑いが浮かんだ。
「陛下並びに、勇者様のお成りーっ!」
先触れの役人が声を張り上げる。重臣や王族一同が威儀を正すと、太った初老の男がよたよたと現れた。続いて、美々しい衣服に着替えたウルスラが現れる。
「皆の者、苦しゅうない。これなるは、聖剣の勇者。――名をアルスラ・フォン・ヴェルデ! 我が王国の忠実なる貴族である」
「ご紹介にあずかりました、アルスラと申します。方々には、どうか我が身をお見知りおきくださいませ」
『勇者様』が挨拶するやいなや、王女たちからの熱い視線を一身に集めた。
「一地方で武者修行していた我が身を拾っていただいた陛下への恩義、決して忘れませぬ。我が身命を賭して、魔王を討ち滅ぼしてくれましょう」
「おお、なんという頼もしき言葉じゃ! 彼が我らの麾下に加わるとは心強いのう、騎士団長!」
「陛下の御意のままに」
「さて、聖剣の使い手として認められたとはいえ、勇者殿は未だ
一瞬眉をしかめて、王は言い放った。
「最も年の近いフリードリヒ! 貴様に行ってもらう! 侍女も一人付けるが、とても重大な役目じゃ。異存はあるまいな? フリードリヒ!」
「……えっ。あ、はい! 身に余る光栄です、陛下」
「ふん! 勇者様に不便を感じさせてはならぬぞ」
そうこうしているうちに仰々しい儀式は終わり、各人は持ち場や生活の場に戻っていく。
影のように目立たない侍女を連れ、王城の客間に勇者を案内した。部屋の入り口に着いたところで、勇者は侍女に目線を合わせ、ゆっくりと語りかける。
「侍女どの。お名前は――」
「グレーテと申します」
「ではグレーテさん。できる限り遠回りして、食料や飲み物を集めてきてくださいますか。時間がかかっても構いません」
「意図はわかりかねますが、承知いたしました。それと『さん』は無用です。失礼」
音も立てずに、グレーテはその場を辞した。それを見て、勇者とフリードリヒは周りを伺いながらドアを閉める。――先に口を開いたのは少年の方だった。
「ウルスラ……だよな。どうしていきなり貴族になってるんだ?」
「私も訳がわからないのよ! いつの間にか貴族だったことにされてるし! 村の人たちもたくさんお金を貰ってこのお城でお客人として暮らし始めたし……! その上『勇者様が男子でなければ格好が付かない』とかなんとか言われて、名前を変えて、男物の服を着て、男の子の真似もするように言われたしっ!」
年齢の割に幼く見えるウルスラなので、まだ少年と言っても通る顔立ちである。だが、立派な服で駄々っ子のようにしている姿は、とても勇者には見えない。
「しかもフリードリヒ、私に嘘をついたでしょ!? どうして王子様だってことを教えてくれなかったのよ!」
「あー、それは悪かったと思ってるよ。反省してる。……けどさ、あの場で『俺は王子です』なんて言っても『こいつ間抜けか』と思われるだけだろ?」
「むぅー……!」
今度は頬を膨らませて不満を示している。わかってはいるが納得できない、といった顔だ。
「ともかく、勇者の正体を言いふらすことはない。そもそも、なんで俺がそれを知ってるのかって話だ。俺が言ったとバレたらクビが飛ぶ。本物のな」
「へぇー、ふーん。そうかー」
途端に、ウルスラは精いっぱい悪人のように見える表情を作り始めた。
「……じゃあ、私は王子様の弱味を握ったことになるんだね」
「おいおい、長兄や次兄ならともかく、こんな数合わせみたいな男の弱味なんぞ握っても……」
「うっふふ、実は私、密かな夢があったのよ! そう、自分がやるべき仕事を誰かに肩代わりさせるの! ああ、こんなところで願いが叶うなんて」
手始めに肩でも揉んでもらおうかしら、などとのたまう勇者であった。
(ここで悪いことを願わないあたり、本当人が好いんだなァ)
「……ン、オホン。では、勇者様、このフリードリヒ、誠心誠意仕えさせていただきます。なんなりとご命令を」
彼は
「うっふっふ、いい気分ね! よきにはからえー」
ふんす、と息を吐き、彼女は得意げであった。……だがしかし。
「失礼いたします。ノックをしてもお返事がないようでしたので部屋に上がりました。……む、ふむ。早速打ち解けたようで何よりでございます」
表情を全く変えずに、食料を持ってきた侍女はそう言った。
「ハッ!? んん! ええ、ボクの忠実な従者となることを誓ってくれました!」
彼女は咳払いをしながら、慣れていない一人称を使い出した、
「さようですか」
感情の込められていない視線が、フリードリヒに向いた。この眼の前では、常に背筋が引き締まる気がする。
「ああ、そうそう。騎士団長と武芸指南役がお呼びです。剣術の訓練を今日から開始すると仰っていました」
「わかりました。準備を整えて向かいます!」
「そして、従者の貴方も来るように」
「……承知しました」
フリードリヒは、騎士団長も武芸指南役も苦手である。――王からの無茶な命令の腹いせで、部下や新人に対して必要以上に厳しい稽古を付ける奴――というのがもっぱらの評判だ。
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