第2話 初めての

 勉強会を終えて帰宅した俺が、夕食を済ませて漫画を読んでいると、常時マナーモードにしているスマホの画面に明かりが灯った。

 誰からのLINEだろうと思って見てみると、さっき連絡先を交換したばかりの桜井聡美さくらいさとみだった。

 メッセージは2件、小窓には『スタンプが送信されました』と表示されている。

 何の用事だろうと疑問に思いながら、俺は深く考えずにLINEを開いた。


『次の日曜日、一緒に映画を見に行かない?』


 そう表示されている画面を見て、俺は丸々10秒ほど固まった。


 これはどういう意味なのだろう。

 こんな経験は初めてだが、本やドラマで得た知識を基に考えれば、デートのお誘いだ。

 お相手はポニーテールの超絶美人。

 嬉しくない訳がない。

 しかし、今日初めてちゃんと話した相手から、人生で初めてのデートに誘われるなんて、そんな上手い話があるだろうか。


 既読を付けてしまったからにはすぐに返信せねばならない。

 桜井は高嶺の花なので俺は恋愛感情どころではないが、健全な男子として、断るという選択肢はない。

 俺はOKという意味のスタンプを送った。

 すると、即座に既読が付き、桜井から返信が来た。

 そして俺たちは、日曜日の10時に俺の家の最寄り駅で待ち合わせすることになった。


 ベッドに横になって、俺は考えた。

 あの桜井聡美とデートする。

 学校の男子だけでなく、女子に知られても大騒ぎになりそうなイベントだ。

 誰にも知られてはならないが、行き先の映画館でクラスメイトとばったり、なんてことにならないだろうか。

 ……いや、本当にデートなのか?

 LINEを読み返す。

『一緒に映画を見に行かない?』とは書いてあるが、『2人きりで』とは書かれていない。

 もしかして早川はやかわも一緒なのだろうか。

 その可能性の方が高い……だろうな。

 でも、屋上で早川が「渡良瀬わたらせくんのこと狙ってた?」と聞いたとき、桜井はたじろいでいた。

 いや、予想外の質問に意表を突かれただけかもしれない。

 とはいえ、LINEの会話は一度終わっているから、今になって桜井に確認するのはためらわれる。

 同じクラスで隣の席なのだから、明日それとなく尋ねるか……いや、クラスメイトに聞かれたら大変だな、

 などと考えている内に、部屋の扉がノックされて、扉越しに「風呂、空いたよ」と弟の声がした。




 その夜、部屋を暗くして寝る前のスマホゲームをしていると、突然、ガラリという音がした。

 たしかに今、そこの窓が開いた。

 だが、誰もいない。


 泥棒か?

 泥棒に入ろうとしたのに俺が起きていたから、窓際で身を潜めているのだろうか?

 だとしたら、迂闊うかつに窓を閉めに行けない。

 警察に通報すべきか、と思ってスマホを見ると、LINEが来ていた。


 今度は早川美波みなみからだ。


『こんばんは。私、サキュバスさん。今、あなたの部屋の窓際にいるの』


「怖すぎだろ!」

 俺が思わず声を出すと、窓の下からひょっこりと、小柄な人影が現れた。

 ぼんやりとだが、三つ編みのおさげが見える。

「入っていいですか?」

 囁き声はたしかに早川美波だった。

「……どうぞ」

 と言う以外の選択肢があるだろうか。


 早川は軽い身のこなしで窓に腰かけると、律儀にくつを脱いだ。

 どうやら学校の制服のままらしい。

 彼女が膝を立てたとき、スカートが開いて白い太ももが暗闇に浮かび上がった。

 そして、夜風に乗って柔軟剤の香りが俺の鼻を撫でた。


「どうしました? 部屋に女の子を入れるのは初めてですか?」

「あ、ああ」

 俺は布団から起き上がって、電気のスイッチを手探りしながら答えた。

「待って、電気はけないでください。私、暗い方が好きなんです」

 いや、暗いと俺の理性がもたないし、真夜中の侵入者が早川1人だけということを確かめないと怖すぎて、話をするどころではない。

 俺は早川の言葉を無視して部屋の電気を点けた。

 明るく照らし出された俺の部屋には、牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけた早川美波が、まぶしそうに顔をしかめて座っていた。


「その窓、鍵は閉めたと思ってたよ」

 俺がそう言うと、早川は蚊よけのために窓を閉めながら、ふふっと笑った。

「私はサキュバスです。この程度の鍵なら造作もありません」

 その設定、まだきてたのか。

「ここ、2階だよな?」

「少しなら空を飛ぶこともできます」

「どうして俺の家が分かったんだ?」

「図書館で別れた後、尾行しました」

「ちっとも気づかなかった」

「隠密行動も、人間よりは得意です」

「そう……」

 この女、さらりさらりと怖いことを連発するなぁ。

「本当は渡良瀬くんが眠った後にこっそり部屋に入るつもりでした。部屋が暗くなって1時間待ったから大丈夫だろうと思ったんですが、まさか部屋を暗くした後もスマホをいじっていたとは」

「で、何の用だ?」

「私はサキュバスです。××しに来た以外に何があるんですか?」

 俺はガックリとうなだれた。

 何なんだ、この状況は?

「屋上では聡美ちゃんに邪魔されましたが、ここなら誰の邪魔も入りません」


 俺はまだ早川美波がサキュバスという話を完全には信じていない。

 だが、ひとつ確実なのは、早川が俺と××したがっているということだ。

 俺だって昼夜問わず欲望に身を焦がす高校生男子だ、臆面もなく迫って来る女子が目の前にいて、断り続けられる自信はない。

 早川は眼鏡を外して髪形を変えれば印象が変わるかもしれないのだから、悪い話ではない……気がする。


「勉強会が嫌なら……しろって言ってたよな? 勉強会はやっただろ、それでその話は終わったんじゃないのか?」

「私と××するの、嫌ですか?」

「嫌っていうか何て言うか……」

 そう言いながら俺は自分が早川を拒んでいる理由を考えた。

「不気味だよな。なんで俺なんかとヤりたがるんだ?」

「……人間の女性からお誘いを受けたとき、そういうこと言っちゃダメですよ」

「言わねーよ」

 いくら俺でも、常識的に恥じらいのある女性に対してであれば、そんなこと言わない。

 早川が××を連呼するのが悪い。


「それじゃ話します、勉強会にこぎつけて、私が渡良瀬くんを誘惑した理由わけを」

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