完璧女子と地味っ子
あじさい
第1話 ここで、しましょう
「ここなら誰も来ません。ここで、しましょう」
6月半ば、放課後、
俺と早川は同じクラスだが、ちゃんと話すのは今日が初めてで、俺はこのときになってようやく彼女の肌が割ときれいなことに気づいた。
彼女は、普段から牛乳瓶の底のような眼鏡をかけ、やたら
「しましょうって、何を?」
俺が困惑して尋ねると、彼女は見かけによらず小悪魔的なことを言った。
「本気を出したら賢いって噂の
俺は周りのみんなからそういうふうに見られていたのか。
いや、今はそれよりも、
「分からないな。俺は一体何の用でこんなところに連れてこられたんだ?」
多くの学校でそうだと思うが、この川相高校でも屋上は立ち入り禁止になっている。
なのに、早川は何のためらいもなく、何を障害とするでもなく、俺をここに連れてきた。
奇妙なことに、屋上に出る扉の鍵はあらかじめ開けられていた。
「渡良瀬くん、私……」
早川が分厚い眼鏡越しに上目遣いで俺を見た。
俺は平静を装っていたが、女子に上目遣いをされたのは初めてだった。
「私、どうしても期末ではいい点とらないといけないんです。だから、ここで勉強会をしましょう」
……まあ、そんなところだろうとは思っていたよ。
え? ヤラシイことを考えていたんじゃないかって?
俺は「本気を出したら賢い」って噂の渡良瀬
「それが嫌なら私と××してください」
まさに爆弾発言。
伏せ字にせざるを得ないが、ご想像通りヤラシイことである。
色々な言い方があるが、早川が選んだのはよりにもよって最も直接的な言い方だった。
そのまま書き起こしたら俺がカクヨムから追放されてしまう。
「今、何て言った?」
「勉強会が嫌なら、私と××してください」
この女は何を言っているんだ?
そう思いながらも、俺の目は早川の胸に吸い寄せられた。
勝手なイメージで薄いと思い込んでいたが、案外ちゃんと膨らみがある……。
「私、サキュバスなんです」
は? と思ったが、言葉にできなかった。
「だから、××すれば記憶を共有できます」
そのとき、俺の背後でバーンという大きな音がした。
振り返ると、先ほど俺が閉めた屋上の扉が開け放たれ、同じクラスの
「話は聞かせてもらったわ」
桜井はクラスでもその外でも「完璧女子」と言われている。
誰もが認める美人で、クリクリした大きな目、長いまつ毛、天然物の二重瞼、スラリと通った鼻筋、健康的に鮮やかな唇、シャープな顎を持ち、すらりと背が高く、手足が細い。
頭脳明晰、運動神経抜群、品行方正で、おまけに、少し色素の薄い髪をポニーテールにまとめている。
ここだけの話だが、俺はポニーテールが好きだ。
ここだけの話だが!
いや、待て、早川が何か言いたそうだ。
「聡美ちゃん! どうしてここに?」
驚きの声を上げた早川に向かって、桜井は「チッチッチッ」とわざとらしく指を振ってから言った。
「友達が少ないばかりか、女子から人気がある訳でもない渡良瀬くんと、2人で教室を抜け出しておいて怪しまれないと思ったのかしら?」
本当のことを言われただけではあったが、俺は地味に傷ついた。
「たしかに……! 友達が少ないばかりか、女子から人気がある訳でもない渡良瀬くんと2人で教室を抜け出したんだから、怪しまれても仕方ありませんね」
早川、そんなことをわざわざ繰り返すな。
「でも、それが気になってついてきたということは、もしかして……」
早川が卑しい笑みを浮かべながら言った。
「聡美ちゃん、渡良瀬くんのこと狙ってました?」
「なっ」
あれ? もしかして図星?
と思ったが、桜井がたじろいだのは一瞬で、俺が瞬きすると彼女は普段通りの完璧女子に戻っていた。
「ふっ、何を言うかと思えば」
別に鼻で笑うことはないだろう、と俺は思ったが、俺の心情など意に介するはずもなく、桜井が続けた。
「私はただ、渡良瀬くんと隣の席だから、美波ちゃんが渡良瀬くんを呼び出すのが聞こえて、不穏な気配を感じ取ったから追いかけてみただけよ。……誰かが面倒事に巻き込まれるのを知っていて放置する訳にはいかないし! でも、そしたらまさか――」
桜井が早川の両肩に手を置いて言った。
「まさか、美波ちゃんが中二……思春期特有のあの
……まあ、自分はサキュバスだとか、××すれば記憶を共有できるとか口走ったんだから、中二病と思われても仕方ないわな。
え? 早川がサキュバスだって話を本気にしてたじゃないかって?
俺は「本気を出したら賢い」って噂の(以下略)。
「でも、大丈夫よ!」
桜井が快活に続けた。
「私もこの前までそうだったから!」
桜井がにっこりした。
それは悪魔をも魅了する天使の微笑みだった。
「それに、勉強なら私が教えてあげるわ。さあ、さっそく始めましょう!」
桜井が早川の手を引っ張って歩き始めた。
すっかり桜井のペースに呑まれていた早川が、かろうじて口を開いた。
「勉強ならここですれば……?」
「こんな椅子も机もないところじゃ何もできないわ。人目に付くのが恥ずかしいなら、市の図書館に行きましょう。あそこならうちの生徒はほとんど来ないから」
桜井が
「さあ、渡良瀬くんも!」
「え、俺もですか?」
俺がそう尋ねると、桜井は少し悲しそうな顔をした。
「美波ちゃんは誰に対しても敬語だけど、渡良瀬くんもそうだったっけ?」
「いえ、そうでもないっすね……」
「やっぱりそうよね。ねえ、気づいていないかもしれないけど、私、渡良瀬くんと同学年で、同じクラスで、隣の席なんだよ」
「知ってます」
知らずにいる方が無理がある。
「じゃあ、タメ口で話そうよ」
「そ、そうっすね……」
「さあ、行くわよ。善は急げ! 渡良瀬くんも、私たちの秘密を知ったからには道連れだからね!」
そう言って、空いている左手で俺の手をとった桜井は、どういう訳か嬉しそうに頬を紅潮させ、鼻の穴を膨らませていた。
こうして、元中二病患者で今は完璧女子の桜井聡美と、学力に不安を抱える自称サキュバスの早川美波、そして「本気を出したら賢い」と噂の俺が、3人で一緒に勉強会をする仲になった。
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