月の目<3>
それから歳月が過ぎて月が予告した日に私は再びこの町を訪ねた。
町には誰もいなかった。石造りの家はどれも崩れかけて道は雑草が伸びて荒れていた。
町長の家だった場所には何もなかった。私は月を見た。
(約束の日だから来た。これはどういう事だ)
私は言葉に出さずに月に話しかけた。
『約束?ああ、あの時の……真面目な奴だ。ここの人間達はみんな町を出て行ったよ。身勝手なものだ。私の力で生きられていたのに……』
月は少し憂いに満ちた口調で話した。
(出て行った?月の力で生きている人間がこの町を出て行った?彼らはどうなったのだろう)
私の心に疑問が次々と湧いてきた。その疑問に間髪入れずに月は答えた。
『ここから遥か東に豊かな町が出来てみんな出て行った。しかしみんな早死にしたよ。なぜならこの町の人間達は私の加護を受けて代々生きていたからさ。よその場所では生きられない弱い体なのにな』
「どうしてそんな大事な事を彼らに教えなかったんだ」
私は思わず叫んだ。
『元々人間だったお前が人間を庇う気持ちは良くわかる。しかしそれが運命だったのさ。たった今、最後の一人が死んだよ。終わった……そして始まるのだ』
穏やかな口調で月が言うと大きな目から大粒の涙が地面にひとつ落ちた。私の上にも落ちたがそれは液体ではなく小さな光の粒の集まりだった。光の粒が地面に落ちてしばらくその形をとどまらせた後にパンと弾け散った。光の粒が廃墟になった建物の間を駆け抜けた。小さな緑色の草があちこちで芽吹いてあっという間に町を覆った。
『これでこの町は眠りについた。そしていつかまた人間達がこの中から生まれるのだ。人間が生まれるまでここに居てはどうだね?どうせ時間を持て余しているのだろう』
(いや遠慮するよ。私は旅人だ。もうここには用はない)
私は淡々と答えて歩き始めた。
『そうか。またいつか来るがいい。良い旅を』
月の言葉に私は黙って右手を挙げて緑に覆われた町を出た。
異界旅行記 久徒をん @kutowon
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