1-3 叶うなら

 彼女は一切顔色を変えず答える。それが彼女の名前、エルジェ・アスタレスク。


「あなたは?」

「あ、そうだね。自分は練馬 啓介(ねりま けいすけ)、よろしく。」


名前を答えると彼女は軽く息をはいて背中に剣をしまう。マントを軽くはたくと自分の事を再度見てきた。


「君、どうして何も武装せずにこんな所にいるの。」

「え、いや、あの…。」


 いきなりあまり突っ込まれて欲しくない話題に踏み込んできた。彼女は表情変えずに近づいてくる。


「リアエリスティに何の武装もしないで入り込むとか自殺行為。もしかして死にたくてここに入ったの?」

「いや、違うのですこれは。え、ちょっとまってください。リアエリスティって何ですか。」


 聞いたこともない単語が出てきた。一体何なんだリアエリスティというのは。この世界特有の言語なのだろうか。


「どこから来たのかわからないけど教えるわ、要するにこの地域は人工物を作ってはいけない地域、いわば動物達だけが支配しても良い地域のことね。」

「保護区ってことか。」

「保護区というものがどういうものか知らないけど、理解しているならよかったわ。」


 今の会話で少し理解することが出来た。おそらく前の世界とこの世界とで一部の言語が違ったりする。伝わることもあれば伝わらないこともある。ある意味慎重に会話しなければ。


「それにここにいつまでもいては危ない、川を渡りましょう。」


 エルジェは川の方へと歩いていく。目の前には橋も何もなかったはずだ。


「川を渡るってどうやって…。」


 あまりにも無理な話をしてきたかと思ったら川を馬が渡ってきた。馬が川を渡る? いやいやそんなことは。


「ちょっとまて、なんで川の上に馬が浮いているんだ?」


 信じられないことに馬が川の上に浮いている。しかもその馬は以前の世界で見たことがある馬よりは一回りは大きい。こんな摩訶不思議なことは見たことがない。いや、まるでファンタジー世界にいるかのような。いや、もうここは異世界か。今までの常識は通じない。


「私が魔法を使っているから。」

「魔法、この世界には魔法があるのか。」

「この世界に?」


 自分の言葉にエルジェは疑問を持った顔を見せた。初めて見せる別の表情、この人はあまり表情を顔に出さないタイプなのだろうか。


「さあ、背中に乗って。」


 エルジェは手を伸ばす。その手を掴むととんでもない力で引っ張り上げられる。少々勢いつきすぎたせいか、馬に勢いよく座ってしまった。


「す、すげぇ。」

「このぐらいなら何ともないわ。背中に棒を用意したからそれにつかまって。」


 エルジェの背もたれにあたる部分に一本の棒が鞍の後ろから立っていた。それにつかまるとゆっくり川を歩き始めた。下を見ると馬の蹄が水面をしっかりと捉えている。こんな重い体重でも浮くことが出来るのか。


「貴方、啓介と言ったわね。」

「はい、そうです。」


 エルジェは前を向きながら淡々と会話してくる。


「啓介はここにはどうやってやってきたの。服装も見たこともない物だけれども。」

「えっと…それは。」


 本当に言っていいのだろうか、「自分は異世界から来ました。」なんて簡単に言えるようなことではない。普通に考えれば自分は異端の存在だ。この世界が転生、転移が普通なのかどうかも分からない状態でこのことを話すのは極めて危険だ。あったばかりのこの人を全て信用することが出来るかどうかはまだわからない。たとえそれが自分の理想を描いたような女性であったとしても。


「言えればで良い。私は啓介を信じる。」

「どうしてそう信じることが出来るのですか。」

「見たことない服装で何も武装せずリアエリスティにいる、それだけで十分信用に値するわ。啓介がどういった事情でここにいるかはわからないけれども、答えてくれるなら助けるわ。」


 完全に向こうは信じ切ってその言葉を言っているのだろうか。それとも自分を騙すために行っているのだろうか。


「私はこの世界を旅しているの。いままでありとあらゆる摩訶不思議なものを見てきたわ。その中でも啓介、あなたという存在は今まで経験したことのない存在よ。」

「だからエルジェさんはなんでそこまで。」

「なんとなくよなんとなく。それでも信頼に足らない?」


 エルジェの声のトーンは一切変わることがない。喜びも驚きも哀しみも怒りも。それでも何故かその言葉に落ち着く。自分はこの人を。


「自分は。自分は、この世界の人ではないです。」

「というと別の国から。」

「いえ、もっと別の。異世界と言って伝わりますか。」

「申し訳ない、異世界という言葉はわからない。」


 異世界という言葉はこの世界では通じない。だとしたら何として伝えるべきか。質問形式で探るしかない。


「この世界には本というものはありますか。」

「ええ、あるわ。」

「本の種類に物語とかを描いたものはありますか。」

「ええ。そういう歴史を書く人や伝説を書く人、他には物語を書く人がいるわ。」


 それだけわかれば伝わる。ここまで言ったならはっきり言わなければ。


「そういった物語の世界からやってきた。もしくはそれに近い世界からやってきたといえばわかりますか。」

「つまり啓介は『この世界とは別』の所からやってきたというのね。」

「そうです。」


 返答するとエルジェはしばらく返答がなかった。このことを話すのはやはりまずかったのだろうか。そうこう言っている間に川を渡り切る。


「それで、啓介はこの世界でどうしたいの。」

「えっ。」

「どういった経緯でここにやってきたかはわからない。だけどこの世界にやってきた以上、この世界で生きなければならない。だから啓介はどうしていきたい。」

「自分は…。」


 この世界にやってきてまだ数十分しかたっていない。でも自分がこの世界に来たからには決めていたはずだ。


「自分はこの世界に生きたい。生きてもう一度人生をやり直したい。この世界がどういったものなのか全くわからない。だけど本当だったら死んでいたはずの自分がこの世界にやってきて生きている。だったらこの世界で生きたい。」


 何故だろう。

 涙が止まらない。

 生きているということに感謝しかない。

 だがこの心の痛みは何だ。

 

「大丈夫?」


 エルジェが声をかける。

 生きていることが嬉しくて嬉しくてたまらないはずだ。

 それ以外の感情も混じる。

 そうだ。

 お父さん、お母さん、妹よ。

 自分は何も言えずに。


「大丈夫よ、何があっても啓介は啓介だよ。生きているならそれに喜びなさい。もしそれで目的を見つけたのならそれのために生きなさい。」


 エルジェが振り返り、自分の頭をなでる。なぜだろう、エルジェは一切表情を変えずにいるはずなのだが温かさを感じる。自分は、この人と。


「自分は生きてこの世界を生き抜いて、叶うのなら家族に生きていると伝えたい。それがどんな形であっても。」

「そうね、それが叶うと良いわね。」

「それと。」

「それと?」


「自分はエルジェさんと一生を共にしたい。」

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異世界を生きる -otherworldy life- 白昼 @hakutyu49

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