第23話脱出

 キムツジさんとナギサさんが先導して螺旋階段を下りていく。先ほどの銃声が教会内に響き渡ったはずだ。警備兵が障害となるのは明らかだ。

 階段を降り切って、廊下を走っていると早速警備兵が現れた。右手には室内でも取り回しやすい短めの直剣を持っていて、左手には堅牢な盾を構えている。

 巫女がこちらの手にあるためか、ひどく慎重に距離を詰めてくる。


「どうします?こいつらどかさないと先に進めませんよ」


「心配するな。突破はそう難しくない」


 キムツジさんは背の棒を連結させた。どんな状況でも戦えるように作られた武器というだけあった長さもある程度自由に調整できるということか。

 レイナさんも弧を描いた片刃の刃を背から引き取ると敵陣に突っ込んでいく。

 警備兵は盾を構えて体は完全に隠れてしまった。しかし、それでもお構いなしに武器を振り上げる。

 キムツジさんは槍を石床に突き刺して盾と天井の間を通り抜けて、あっという間に敵の背後をとった。焦った警備兵がよそ見をしている間に、ナギサさんが盾を蹴り飛ばして、流れるように切り抜いて行く。

 時間にして30秒、その間に10人以上の警備兵を蹴散らしてしまった。


「まあ、これくらいなら想定内だな。ナギサ君」


「そりゃあ想定内ではあるけど、できる限りこうならないように潜入するのが本来でしょう?というか、ここでしゃべってる間にも増援来るんだから、とっとと脱出するわよ」


「へいへい、さあカザミ君、道は開いたんだ。早く来るといい」


 レイナを背負いなおして、倒れた兵士たちを避けて通り抜けた。よく見ると一滴も血が流れておらず、ただ気絶しているだけのようだった。

 ナギサさんはマップをもって、キムツジさんに逃げ道について何か提案しているようだ。


「…………だから下水道を行くわよ。臭いはきついし、環境も悪いけど、街中は敵しかいない。リスクは極力避けて、広島を出るわ」


「まあ、そうするしかないだろうな」


「一階の北側、小さな部屋にマンホールがあるらしいからそこから行けるみたい」


「潜入調査をした奴、よくもまあここまで細かいマップ作製したもんだ。マンホールなんて普通書き込まないぞ」


「もしものことも考えて、逃げ道になりそうな場所は調べておくよう言われてたんでしょ。下水道って王道の逃げ道だし」


「そんな王道言って大丈夫なんですか?」


 途中からしか話を聞けていないが、誰でも考えそうな場所に逃げ込むのは危険だと思うし、何よりレイナの体調を考えたら衛生的に悪い場所に長時間いるのは心配だ。


「灯台下暗しってね。王道って知れ渡りすぎていて意外とばれないものだったりするのよ。レイナのこともちゃんと考えているから安心して」


「そ、そうですか。それならいいんですけど」


「さあ、行くわよ」


 ナギサさんが先導して、キムツジさんが僕の後方を見張ってくれている。マンホールのある部屋への最短ルートを選んで、真っ暗な室内を走っていく。

 一階まで敵に接敵することがなかったが、一階には大量の警備兵が警戒していた。脱出するとなれば必ず一階に降りてくるだろうと判断したのだろう。僕たちは気づかれないよう、極力足音を出さないように、ゆっくりと進んでいく。

 時には敵の死角を突いて素早く移動する。しゃがんで進まなければいけないところもあってレイナ一人を背負ったまま行うのはかなりきつかったが、見つかればまず勝ち目のないほど敵数が多い。きついなどといっていられない。

 しばらくそんな状態で進んでいると、ナギサさんが止まって指をさした。その先にある扉を開けた先にどうやらマンホールがあるようだ。

 ゆっくりと進んでいって扉の前にたどり着くとゆっくりと開けて、素早く室内に入り込むと、素早くマンホールをこじ開けた。

 レイナさんは僕とレイナにロープを巻き付けて、手を放してもいいようにしてくれた。

 安全確認のためにまずキムツジさんが下に降りて、しばらく様子を見ると、穴の底から小石が投げられてきた。


「問題ないみたいね。アスカ君、行きなさい。」


 レイナを背負ったままでもぎりぎり入れる大きさの穴を下りていく。梯子を下りていくとドブのような臭いが鼻をついた。

 下水道には水は薄く黄土色に濁った水が流れている。水が流れる場所から一段高い場所に点検用の通路が確保されていて、最低限の照明がついている。

 ナギサさんがマンホールの蓋を閉めると梯子を使わず落ちてきた。結構な高さから落ちたと思うが、ふわりと着地して、何事もなかったようにしている。


「さて、それじゃあ港の方に向かいましょう。船を手に入れて、四国に逃げる」


「四国ですか?どうして?」


「あそこは瘴気が強く、正教の施設も既に廃棄されている不浄の土地だ。あそこなら正教の追ってから逃れられる。もちろんリスクもあるが、長時間滞在しなければ人体への影響はごく少なく済む」


「でもそんな場所にレイナを連れていくのは……」


「あの研究データから見ても、レイナは瘴気にある種の耐性があると言っていい。むしろ我々よりも危険性は低い。レイナを心配する気持ちはわかるが、今は正教に捕まらないことを考えることだ。いいかね?アスカ君」


「……はい、わかりました」


「よし、では行くとしよう」


 一歩前に足を進めるとカツンという音が下水道全体に伝わるようであった。

 三時間ほど休まず歩いていると、空気の流れ込んでくる音が聞こえてきた。

 まっすぐ進んでいくと外に出られる穴があった。キムツジさんが穴から外に出て様子をうかがう。


「どう?大丈夫そう?」


「ああ、警備兵は一人もいない。出てきてよいぞ」


 穴から出ると、下は河川で、そこまで深くないようだった。キムツジさんが手を振って降りて来いと言っている。

 川に飛び降りると、対岸に向かって梯子を使い上へと上がった。風が吹くと、潮の香りがした。さっきまで劣悪な環境にいたものだからとてもすがすがしい気分になった。


「あー臭っ!これしかないから下水道を使ったけどやっぱり最悪ね」

 

「下水の中を突き進まずに済んでよかっただろう」


「より最悪な展開考えさせないでよ」


「はっはっはっは!まあ、とにかくうまく脱出できたのだよいことにしようではないか」


 僕はロープをほどいて、一度レイナを背から降ろした。額に手を当てると、熱は少し下がっていて、息遣いも落ち着いていた。

 ううん、と声を漏らして、レイナは薄目を開けた。


「レイナ?大丈夫か」


「アスカ……。なんであなたが……それに、ここは?」


 僕は言葉に詰まった。なんといえば納得してくれるのかがわからない。今正教が巫女を殺そうとしている理由や、キムツジさんとナギサさんの身分について、すべてを話せば確実に混乱するし、二人のことを余計信用できなくなるかもしれない。


「教会に……教会に戻らないと……」


 悩んでいる間にレイナは体を起こそうとした。


「ああ、無茶しちゃだめだ。今君は動ける状態じゃないんだよ」


「……。少し話をしよう。レイナ君。アスカ君とナギサ君は船の確保をしておいてくれたまえ」


 後方からキムツジさんがゆっくりと歩み寄った。レイナの前に座り込んで、僕に小声で「この説明はこちらの役目だ」と言った。僕はわかりましたと答えて、ナギサさんとともに船の確保に向かった。

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