第8話 旅立ち

 早朝、僕はこっそりと寝袋から這い出すと服を着替え、寝袋を私物のトラベルバッグに詰め込むとテントの解体を始めた。

 旅をする以上、風雨を遮ることができるものは必ず必要となってくる。それに、巫女を地べたに直接寝させると言うのは流石に気が引ける。

 折りたたんだテント一式を専用の袋に入れるとバッグにくくりつけて肩に斜め掛けをした。

 脇差は帯刀用ベルトに差しいつでも戦闘ができるようにしておく。モノノケはいつ襲ってくるのかわからないのだから当然の備えだ。

 準備を終えた僕は約束通り、レイナを迎えに自警団のテントにこっそりと忍び込んだ。

 自警団の団員はぐっすりと眠っていて下手に騒がなければ起きる事はなさそうだ。

 レイナの寝床に着くと体をゆすって起こす。


「レイナ、起きて。約束通り来たよ」


「……ん、ああ、アスカ。おはようございます」


 寝ぼけ眼でこちらを見つめレイナは大きく欠伸をした。


「旅の準備はできてる?」


「はい。そもそも物をほとんど持っていませんから、このまま行きます」


「よし、食料と水分はできる限りかき集めてあるからそれでいいや。とにかく早く行こう。起きてもらったら面倒だ」


「わかりました。行きましょう」




 難なく難民キャンプのはずれまでやって来れた。

 誰もまだ起きていないような時間だ。起きている人がいたらこの計画は完全に終了となってしまう。


「よし、あとはここから道なりに進むだけだ」


「そうはいかないぞ。アスカ!」


 声を聞いて最も気づかれてはならない人物に気が付かれて事を察した。僕は冷や汗をかきながら後ろを振り返った。

 振り返った先にいたのは武装した自警団の面々であった。


「何処へ行くつもりだ?」


「ヤスアキさん……」


「広島まで2人だけで向かうつもりか?」


「そうだよ」


「……どれだけ危険か、わかってるよな?」


「わかってる」


 ヤスアキさんは僕の顔をよく見ると、諦めたかのようなため息をついた。


「……悩んだ挙句にこの結果に至ったようだな。ならば行ってこい」


「ちょっ、ヤスアキさん!アスカを止めるんじゃないんですか?」

「そ、そうですよ。じ、実力はありますけど……いくらなんでも2人で広島まで行くなんて無理ですよ……モノノケがウヨウヨいるのに……」


 ヤスアキさんのまさかの言葉にマサトさんやシライさんをはじめとした自警団の団員が反対し始めるが、ヤスアキさんはまるで聞いていないようだった。


「……いいの?本当に」


「止めてもどうせ行くだろうが。お前が言うこと聞くとは思ってない。ほれ、昨日の間にモノノケの出没が比較的少ない安全なルートを地図に書いておいた。この通りに進めば2人でもなんとか広島まで辿り着けるだろう」


 ヤスアキさんから手渡された地図を開くと瀬戸内海に沿って線が引かれており、極力山を避けられているようだ。


「ありがとう。……行ってくる」


「ああ。こっちはお前達の後ろをゆっくり追いかけるさ。……カンザキ・レイナ、巫女である君にもモノノケに対抗できるくらいの力はあるのだろう?」


「……まあ一応は」


「やはり……。まあいい、とにかく行け!今から歩いて行けば暗くなる前に宇部市までたどり着けるだろう」


「わかった、それじゃあ……」


「ああまた会おう」


 僕達は薄紫の空の下、歩き始めた。

 特に背後を振り返ろうとは思わなかった。やっぱり一緒に行動した方がよかったのではないかと今更この決断に疑問を思ってしまうと感じた。

 僕はただ前を向いて進んだ。その先に何が待っているのか、そしてそれがどれほどのものなのかも知らずに、ただ真っ直ぐに。

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