第7話決断

 関門海峡から見える景色は昨日とあまり変わらない。

 本州へ瘴気の霧が向かって来ることもなければ、モノノケが橋や地下道を通ってやって来ることもない。

 危険な場所である事はわかるのだが、今はここが一番実家に近い場所なのだ。

 僕は家の方向に手を合わせて一礼した。


「……はぁ、どうしたものかなぁ」


 無理なものは無理だ。なのに、何故こんなに悩んでいるのか僕自身にも分からなかった。

 何故か僕は彼女のお願いを聞いてあげたいと思っている。


「どうすればいいと思う?ねえ、母さん……。ま、聞いても、決めるのは自分自身だって言うんだろうな」


 僕の母さんは決して甘い人ではなかった。厳しいというわけでもなかったのだけれど、常日頃から僕に意思を明確に持ってそれに向かって歩んでいけ、意思を持たない人間は脆くて弱い。そんな大人には絶対になるなと耳にタコができるくらい聞かされた。

 ただ、僕にはその意思っていうものがよくわからなかった。


(彼女と行けば自分の意思って何かわかるのかな……)


 ふとそんな事を思った。


「無茶でもなんでもやってみなくちゃわからない。母さんならそうも言うよね。……僕、やってみるよ」


 僕は振り返ると自警団のテントへと走った。




 自警団のテント内にはヤスアキさんらが戻ってきていて、レイナと話をしているようだった。


「難民の中には高齢者も多いことから、馬車を使い瀬戸内海に沿って東に向かう。まず明後日宇部市に向け移動、そこから……」


「わかりました」


「まだ、説明の途中だが……」


「いえ、もう、結構です」


 ヤスアキさんは不満そうではあったが、巫女がそう言うのであればと引き下がった。

 振り向いて僕に気がついたが、何も言わずにテントから出て行った。


「……そんなにゆっくりしている訳にはいかないって感じかい?」


 近づいてそう尋ねるとレイナは小さく頷いた。


「高齢者も多いし遅いのは仕方がないよ。……って言って納得もしないよね」


 僕はシライさんやマサトさんに聞こえないように耳打ちした。


「明日の明朝、こっそりここを出て広島に向かおう」


「えっ?」


「自警団の決定を待ってからまた話そうって言っただろう?だから話にきた」


「でも、無理だって」


「考えたんだ。本当に無理かどうか。考えた結果やってみないと分からない事だってあると思ってさ」


「ですけど」


「さっきの頑固さはどこ行ったんだよ?……協力すれば広島にはたどり着けると思う」


「…….わかりました」


「じゃあ明日の4時、迎えに来るから」


「はい。…….あの、ありがとう」


 僕はレイナの肩を軽く叩くと、自警団のテントから出た。

 出てすぐヤスアキさんが居たが、無視して自分のテントへと向かった。

 早めに支度をして寝ておかなければならないし、今日の配給をしっかり手に入れて旅中の食料確保をしなければならない。

 僕は急いで自分のテントへと潜り込んだ。

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