第81話 だって俺は、いとこ様だからな
「うぅ……なんでクリスマスイブまで講習なの……」
「そういう高校だからだよ」
机に突っ伏したままの桃園の呟きに、御門は振り返らないまま言い放つ。刹那、起き上がりこぼしのように顔を上げ、桃園は派手に手を振って騒ぎ出した。
「そういう正論求めてないよー!」
「じゃあ何を求めてるのさ」
「……お休み?」
「馬鹿じゃないの?」
ようやく振り返ったかと思えば、冷ややかな視線を注いでくる御門。呆れたように机の背もたれに肘をつき、ガトリング砲のように言葉を叩きつける。
「桃園さぁ、ただでさえアタマ壊滅的なのに授業中寝てたら余計に壊滅的になるだけだよ?」
「寝てないし! なんか授業受けてる間に気絶しちゃうんだよ!」
「一緒じゃん」
「一緒じゃないよ! 寝たくて寝てるわけじゃないもん!」
「知らないし」
ばっさりと言い放ち、なおもニードルガンのように毒を吐きまくる御門。必死で反論する桃園の頬は焚き火のように赤く、ぶんぶんと振る拳が空を切る。
「本当、そんなんでよくここまで来れたよね」
「あっ、赤点は取らないもん!」
「取らないだけじゃん。っていうかそれすら一夜漬けでようやくって話じゃん。大丈夫なの? 大学行ける?」
「行ける行けないじゃないよ! 行くの!」
「少年漫画じゃないんだから」
呆れたように肩をすくめる御門に、桃園はむきになったように頬を膨らませる。ビッと彼を指さし、声を上げた。
「っていうか大事なのはそこじゃないの!」
「ふーん。とりあえず頑張れ」
「興味なさげ!?」
「ないよ。っていうか次の授業始まるから静かにしてて」
「むー……」
にべもなく切り捨てられ、大人しく黙る桃園。脳裏に
(……ハッピーバースデー、薫)
◇
『わり、今日は遅くなる。あったかくして帰れよ』
簡素なLINE。
「……サイッテー。壮五サイッテー」
ぶつぶつと呟きながら駐車場へと歩いていき、家の車のナンバーを見つける。自動で開いた扉に乗り込み、乱暴に鞄を下ろした。シートベルトを乱雑に締め、不貞腐れたように窓に寄りかかる。
(っていうか、ちょっと前から誕生日の話しようと思ってたのに、その話しようとすると毎回はぐらかして……何なんだろ)
わかっていてはぐらかしている、とも考えづらい。胸の中に薄雲が広がるような感覚の中、桃園は何気なくスマートフォンを取り出す。鳥のアイコンをタップし、何気なく流れるタイムラインを見つめる。今日はクリスマスイブ、講習や補習を嘆く声や、恋人と過ごす幸せそうな呟き。小さく息を吐くと……見慣れたアイコンが視界に飛び込んできた。公式マークと共に記された名前は――『SPARKING』。小さく頬を膨らませ、桃園は何気なくその投稿をタップする。
今日はメンバー皆でクリスマスパーティー! 七面鳥でけぇw 食いきれるか?w 何か皆で『WISH』大合唱してるんだけどやっぱ夏輝いないと締まんねーな。絶対外せない用事って何だろう? 夏輝の分まで全力で楽しむぜYeah!
Merry Christmas, Babies!! 真島詠介
「……?」
(……どゆこと……?)
◇
「ハッピーバースデー!」
「ひゃぁっ!?」
玄関を開けるなり、クラッカーの派手な音に出迎えられる。視界を舞い踊るリボン、その奥にいるのは両親と弟妹、親戚一同。和風の内装の中、いつも通りの格好をした人間がたくさん。
「……びっくりしたぁ! ありがとう皆!」
「何言ってんのさ兄ちゃん。誕生日には親戚一同集まって祝う、これ普通じゃん」
「
双子の伊織と
「……壮五は?」
「壮五くん? ……とりあえず中入って!」
誤魔化すような笑顔の親戚に、桃園は胸に引っかかる釣り針のような心地を抱えながら、黙って靴を脱いだ。
◇
「ハッピーバースデートゥーユー。ハッピーバースデートゥーユー」
雲に触れるような大合唱が和室に響く。周囲を見回しても鹿村はいないようだけれど、それはあとで殴るとして、今はケーキだ。リクエストしたのはマカロンケーキ。毎年欠かさず頼むそれを楽しみに、一年を過ごしていると言っても過言では……なくもないが、とにかくそのくらい楽しみで。
「ハッピーバースデー、ディア、薫~」
暗い部屋の襖が開く音。「17」と書かれた
「そっ!? そそそそそそそそそ壮五!?」
「何で言うんだよゴルァ!!」
「壮五くん、毎度思っていたが言葉遣いが悪すぎる。分家とはいえ桃園一門の人間として、人前に立つ者として恥ずかしいぞ」
「……スンマセン……」
家主の言葉にあっさりと縮こまるのは、プライベートモードのストレート黒髪。桃園とよく似た瞳が瞬き、滲む瞳を何度も瞬かせる桃園に一つウィンクを飛ばす。彼の目の前にケーキを置くと、深く息を吸い――。
「――Happy Birthday……To You!」
アイドルらしい輝くような美声が響き渡る。その残響を掻き消すように、親戚一同の歓声が上がった。零れそうな涙をこらえるように口元を押さえ、必死に息を吸い込み……「17」をかたどった日本の蝋燭を、勢いよく吹き消す。
「おめでとーっ!!」
「壮五、何でいんのさ!? 来ないかと思ったよ!!」
「来るに決まってんだろ。だって俺は、いとこ様だからな」
もう一発ウィンクを飛ばす鹿村は、見てわかるほどに上機嫌だ。鼻歌すら歌いそうな彼の服の袖を引っ張り、桃園は指を唇に当てて微笑む。
「ただのいとこじゃないでしょ~? ねっ!」
「……、ったく」
鹿村は桃園の隣にしゃがみ込み、その華奢な身体を抱き寄せる。喉を鳴らす猫のように気が抜けた笑顔を見せる桃園、その茶髪を丁寧に撫で、鹿村は囁いた。暖炉の火のように熱く、花束を差し出すように甘く。
「――大好きだ。誕生日おめでとう、薫」
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