第79話 語弊ありすぎじゃないか

「ふんふふーん」

「……ンで機嫌いいんだよッ!」

 鼻歌を歌いながらB組の後ろ扉を開け、席に着く。刹那、理不尽に怒るような鎌取の声が響いた。椅子を蹴って立ち上がり、昴小路に顔を突きつけて怒鳴りつける。

「昨日の今日で、ンでそんなに機嫌いいんだよッ! 何なんだ!? ンで懲りねェんだよ!? 馬鹿なのか!?」

「馬鹿じゃないですよ。うふふ」

「うふふ、じゃねェッ!!」

 しかし昴小路は風船のような笑顔を崩さず、ただ鎌取の大きな瞳を覗き込んだ。言い放つ声は幸せそうに、自慢げに、そして悪戯げに。

「鎌取君には絶対わかりませんよーだ」

「はァ!? どういう意味だ、ソレッ!」

「教えてあげません。というわけで残念でした、鎌取君の恋は一生叶いません!」

 悪戯をする子供のように言い放つと、鎌取は大きな瞳を呆然と見開いた。数秒後、その頬が真っ赤に染まる。昴小路の言葉は、真実を察するにあまりあって。

「――お、お、お前ら、まさかッ!」

「そうです、そのまさかです。残念でしたー」

「ンでこうなるんだよッ! 俺様なんかしたか!?」

「文句言ってるばっかじゃダメってことですよ。は頑張って下さいねー」

って何だよって!」

 ギャンギャンと大騒ぎする鎌取に目を細めつつ、昴小路は数学の参考書を取り出す。



「おーいタツヤー! 一緒に飯くおうぜー!」

 昼休み開始のチャイムが鳴るなり、A組教室の後ろ扉が開く。響く明るい声に、御門はやれやれと肩をすくめ、言葉を返す。

「はいはい、今行くよ」

「御門ー、今日は席いいのか?」

「うん。そこで食べてて」

 投げかけられる矢作の声にはそう返しつつ、御門は鞄から財布を取り出した。今日は購買の気分だったのか、財布を片手で弄びながら立ち上がる。神風の後ろの席を通りかかりつつ、声をかけた。

「そんじゃ僕、B組行ってくるから」

「うん。じゃあね」

 ひらりと手を振り、教室を出ていく御門。扉を後ろ手に閉め、談笑しながら隣の教室へ向かっていく。それを見送り、神風はふっと微笑みを浮かべた。最近の御門は、なんとなく充実しているように見えて。神風も弁当箱の蓋に手をかけ、刹那、派手な音を立てて再び扉が開いた。そちらに目を向けると、現れたのは茶髪のふわふわ猫毛の少年と、黒髪をオールバックにした少年。視界の片隅で色素薄めの茶髪が揺れ、桃園が大きく手を振る。

「あっ、壮五ー!」

「ったく、いとこ様をコキ使うんじゃねーよ薫。ほら、たまごサンド買ってきてやったぞ」

 大股で桃園の席に歩み寄り、鹿村は購買のものと思われるポリ袋を投げ渡す。慌ててそれを受け取り、桃園は真昼の光を浴びながら輝くような笑顔を浮かべた。

「いつもありがと、壮五!」

「んなこたぁいいんだよ。ついでに飴も買ってきてやったぞ。いとこ様に感謝しろよ」

「うん! 超ありがとう! さっすが壮五じゃーん!」

「おう、もっと褒めろもっと褒めろ!」

 わしゃわしゃと桃園の茶髪を掻き回し、鹿村は夏の光のように笑う。仲睦まじい様子から視線を外し、神風は犬飼の方に視線を向けた。いつの間にか彼の前には昴小路が座っていて、恋人に向けるような笑顔を浮かべている。彼は購買で買ったカレーを掬い、スプーンを犬飼に向けた。憮然としたように眉間にしわを寄せ、犬飼は昴小路を睨み……やがて観念したように口を開ける。そこにスプーンを差し入れ、昴小路は子供のように無邪気に笑った。その様子を遠くから見守り、神風は何気なく口を開く。


「……皆、仲いいね」

 小春日和と呼ぶには遅めの十二月。中庭の木々はすっかり葉を落とし、冬のはじめの日差しはひどく眩しい。教室はそんな光に満たされて、暖房がよく効いていて。平和というものを噛みしめ、神風は弁当の蓋を――

「発情期か?」

「待ってスターライト、語弊ありすぎじゃないか」

 ――開けようとして邪魔された。隣を見ると、いつものように麻婆丼を口に運んでいる山田。神風は今度こそ弁当箱の蓋をあけながら、息を吐く。

「普通に皆仲いいねって思っただけじゃないか。別に恋愛とは限らないよ」

「どう見ても恋愛だろ……爽馬お前、敏感なのか鈍感なのかわからん」

「どういう意味だい!?」

 最終回発情期ファイナルファンタジーと言おうとして、山田は言葉を飲み込む。まだ二学期だ。鶴天には天使像の伝説があるとはいえ、その伝説はであってクリスマスではない。というかそもそもこの伝説はむしろ七不思議に近いもので、生徒間で自然発生した代物だったりするのだが。

「で、冬休みの講習予定表渡ったよな」

「……あぁ、うん」

 弁当のミニハンバーグを咀嚼しつつ頷く神風。山田は机の中から冬休み……というか1月の予定表を取り出し、神風に向けて振ってみせる。

「1月10日……講習あった」

「え」

 左右に揺れるプリントを目で追う。緩慢に動くそれに目を凝らすと、確かに1月10日当日は「講習」と記されていた、けれど。

「授業始まるのは14日だろう? 11日から13日は実テ対策で休みだったはずだし、その間に泊まりに来る分には影響ないんじゃないかな」

「……!?」

 くるりとプリントを反転させ、山田は予定表の該当箇所を注視する。十秒ほど静止したのち……宇宙人に出会った直後のように呟いた。

「……気付かなかった……」

「いや、そんな驚くことじゃないからね!?」

「一生の不覚……」

「何でちょっと武士っぽいのさ!? 落ち込まないで!?」

 盛大に突っ込みを入れ、それでも山田の顔色は割といつも通りで。心配するじゃないか、と神風は小さく息を吐き出した。淡い笑顔を浮かべ、口を開く。

「……でも、なんか懐かしいね。この感じ」

「……?」

「出会ったばかりの頃は毎日こんな感じだったなぁ、って。最近スターライト、あんまり変なことしなくなってきたじゃないか」

「……」

 何気ない言葉に、山田は目を伏せた。麻婆丼の最後の一口を咀嚼し、飲み込み、口を開く。

「……愛は人を変える」

「いや、そんなにかっこよくないからね?」

「別にいい。とにかく、家の方に話通しといてくれ」

「あぁ、うん……」



「頂きます」

「いただきますっ」

 食卓に並ぶのは、白いご飯に味噌汁、天ぷらの盛り合わせとほうれん草のお浸し、そして麦茶。とりあえず麦茶を一口飲み、神風は正面に座る父、英晴に向けて口を開く。

「ねえ父様、もうすぐ冬休みだよね」

「そうだな」

「1月10日の夜から13日くらいまで、何かあるっけ?」

 その問いに、英晴は傍らのタブレット端末に手を伸ばした。ほうれん草を口に運びつつ、端末を操作する。1月の予定を確認し、ほうれん草を飲み込んだ。

「父さんは仕事やらなんやら色々あるけど……何かあるのか?」

「あぁ、うん、実はクラスメイトの男子がうちに泊まりに来たいって言ってて」

「げほっ!?」

 ――むせられた。盛大に咳き込む英晴に、神風は思わず腰を浮かして口を開く。

「えっ、父様、大丈夫!?」

「あ、ああ、大丈夫だ……」

 盛大に深呼吸をし、一度座り直す。英晴は茶碗を手に取りつつ、麦茶に氷を入れるように口を開いた。

「一回整理しよう。10日の夜から13日くらいまで、家に友達が来る、のか?」

「友達っていうか……うーん」

 まさか付き合っているだなんて言えない。とりあえず曖昧に笑ってごまかす神風に、英晴は問いを重ねる。

「辰也くんか?」

「ううん。山田スターライトって人」

「……危ない人じゃないだろうな?」

「危なくはない……よ?」

 危なくはない。何もしないって言ってた。そう自分に言い聞かせながら、神風は曖昧な笑顔を続ける。英晴はしばし考えを巡らせ……やがて、一つ頷いた。

「……わかった。家の人たちに言っておく。だが何かあったらすぐ言うんだぞ!」

「うん、わかってる」

 付き合ってるってことはバレてない、はず。そう自分に言い聞かせながら、神風はレンコンの天ぷらに箸を伸ばすのだった。

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