2学期編

第32話 そんなに照れ屋だったっけ

「さて、今日から二学期が始まるが……まずは留学していた御門が帰国した。ほとんどの生徒は知ってるだろうが、一応、自己紹介を頼む」

「はぁい」

 担任の言葉に従い、ソフトショートの黒髪の少年が立ち上がった。颯爽と教壇に上がり、人懐こい猫のような笑みを浮かべる。そんな彼を眼鏡越しに観察し、山田はかすかに目を細めた。

(……あいつが、爽馬の)

「ロンドンのゴールドバーグ・エンジェル・アカデミーから帰国しました。御門辰也です。改めて、よろしくお願いします!」

 小首を傾げ、ふわふわと微笑む御門。教室の各所から潮騒のように拍手が湧き上がる中、山田はただ彼を観察していた。



「ねーねー御門くん、ロンドンどうだったー?」

「それなりに楽しかったよ。ルームメイトが物凄くアレだったのを除けばね。っていうか桃園さんも相変わらずだよね、何なのそのバレッタ」

「ぐっさぁー!? いいじゃん可愛いんだから!」

 桃園の問いを適当に流しつつ、御門は神風の机に両肘をついた。安堵したような表情を見せる神風を上目遣いで見上げ、猫が喉を鳴らすように口を開く。

「久しぶりだね、爽馬。元気そうで嬉しいよ」

「ああ、辰也こそ。変わってなくて、安心した」

「ふふ、僕はいつだって変わらないよ。僕がいなくて寂しくなかった?」

「う、うーん……」

 誘うような御門の言葉に、神風は曖昧に微笑んだ。幼馴染がいないのは確かにどこか物足りなくはあったけれど、寂しかったかと聞かれると、曖昧に視線を横に流さざるを得ない。どう答えたものかと悩んでいると――何の前触れもなく手が伸び、神風を後ろから抱き寄せた。

「安心しろ。俺がいる」

「山っ……えと、スターっ……!?」

 一気に心臓の鼓動が乱れ、胸を押さえつつも神風は彼を見上げる。彼と出会ってからかれこれ半年経つが、この不意打ちには一向に慣れる気がしない。もう片方の手で赤く染まった頬に触れる神風と、眼鏡越しの瞳に読めない光を浮かべる山田を交互に見つめ、御門はワントーン声を落とした。

「……誰?」

「山田スターライト。爽馬の恋人だ」

 つがいをもった狐のような瞳で言い放つ山田に、御門の目が据わる。猫が尻尾を身体に巻き付けるように息を吸い――


「えええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」

 ――口を開こうとして、桃園の絶叫に掻き消された。彼は軽快なドラムロールのようなステップで山田の背後に回り、がっくんがっくんと彼の肩を揺する。

「ちょっと待ってよ山田くん! 薫は!? ねえ薫は!?」

「……」

「薫には魅力を感じないのー!?」

「……」

「文化祭で恋人役やった仲じゃーん! ねー何か言ってよ山田くーん!」

 ガン無視で揺すられている山田と、必死に揺すり続ける桃園。不意に犬飼が参考書から顔を上げ、獅子が噛みつくように声を上げた。

「うるさいぞ、桃園。ちょっとは周りの迷惑考えろッ」

「そんなぁ!? 犬飼くんがいじめるー!?」

「迷惑なのは変わりないよね」

「御門くんまで酷いよー!?」

「……」

「山田くんまで頷かないで!? 神様、薫に救いはないの!?」

「そんなことはどうでもいいんだよ」

 桃園の大騒ぎを一撃でぶった切り、御門は据わった目で山田を正面から見つめた。猫が牙を剥くように口元を歪め、口を開く。

「爽馬の恋人ってどういうこと? 爽馬はそんなこと一言も言ってなかったけど」

「い、いや、だってそんなこと、言えるわけないじゃないか……っ」

「……爽馬ってそんなに照れ屋だったっけ?」

 初心な乙女のように頬を赤く染めたまま、神風は俯く。御門は軽く頭を掻きつつ、小さく溜め息を吐いた。まぁいいや、と腕を組み、据わった瞳で山田を睨む。

「……でも勘違いしないでよね、爽馬にとってのの地位は僕だから」

「どうだかな」

 ふっと御門から視線を逸らし、言い捨てる山田。それはまるで虎と龍が向かい合うように、二人の間に青白い雷が轟くように。親同士が喧嘩している子供のように小さく震え、神風はかすかに俯く。桃園は二人を交互に眺め、ぽつりと呟いた。

「……御門くん可愛いし、今度一緒に女装してみない?」

「しないよ。なんでこの話題からそうなるの」



「Good morning, everyone! イギリスはロンドン、ゴールドバーグ・エンジェル・アカデミーより留学してきました、クラレンス・スペンサーです! クレアと呼んでください! Nice to meet you!」

 ――同刻、B組。赤髪を揺らし、クレア――クラレンスは焚き火が燃えるような笑顔を浮かべた。沸き起こる拍手の中、B組担任の教師が口を開く。

「クレア君は長い間イギリスに住んでいましたが、1学期の間はA組の御門くんがホームステイしていたので、カルチャーショックはそこまで大きくはないと思います。それではクレア君、席へ」

「はいっ!」

 好奇心旺盛な子供のような瞳で教室を見回しつつ、追加された自分の席に向かうクラレンス。こうして彼はB組の41人目の生徒となった。


「ふーん、クレア君っていうんですかー」

 隣の席からクラレンスを値踏みするように見つめ、昴小路は薄く笑みを浮かべた。そんな彼に両手を伸ばしつつ、クラレンスは赤髪を揺らして微笑む。

「ああ、よろしくな! お前は?」

「昴小路です。一応、生徒会に所属してます」

「生徒会かぁ、すげーな。よろしく、コージ!」

「……もしかして、昴が苗字で小路が名前だと思ってます? 昴小路直嗣です」

「じゃあナオツグな。よろしくな!」

「ええ、よろしくお願いします」

 抱きつこうとするクラレンスの手をピシッと撥ね退けつつ、昴小路は探偵のように微笑む。

「ところで、クレア君でしたっけ? 御門君とはどういう関係で」

「愛してる!」

「ストレートですね……」

 若干口元を引きつらせる昴小路は、小さく息を吐いて続ける。

「では貴方、神風爽馬という名前を聞いたことはありますか?」

「あるぜ。幼馴染だって言ってたよーな……」

「その通りです」

 指を一本伸ばす昴小路は、御門や神風と同様に幼稚舎から鶴天に通っている。悪魔が契約を持ちかけるように妖しく微笑み、片手を差し出す。

「二人の仲の良さは鶴天でも有名なもので。神風君にはどうやら別の想い人がいるようですが、少なくとも御門君は彼を想っているようですね。そしてあなたは御門君のことが好きで、僕の好きな人も神風君に惹かれている。というわけで、提携しませんか?」

I refuseことわる!」

「あら」

 思わず団栗どんぐりのように目を見開く昴小路をビシィッと指さし、クラレンスは火を吐くドラゴンのように言い放った。

「そんな陰湿な真似、オレはしない! 正々堂々勝ち取ってやる!」

「暑苦しいですね……もう秋ですよ?」

 苦虫を嚙み潰したように昴小路は呟くが、残暑はまだまだ厳しい。ふと気付いたように首を傾げ、クラレンスは問う。

「……って、もしかしてお前もタツヤのこと、好きなのか?」

「冗談も休み休みにしてください。僕が好きなのは郁君です」

「誰だそいつ……」

 頭の上に疑問符を量産するクラレンスから視線を外し、昴小路は窓の外に視線を向ける。

(どうしましょうかねー……どうやって郁君を振り向かせてあげましょうか……)

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