第33話 勘違いするなと言っている
「さて、今日のホームルームは、21日の体育祭についてだ」
夏休み明けの実力テストを終え、七時間目のホームルーム。犬飼は教壇に立ち、黒板に大きく『体育祭』と示す。普通の学校ならば大きく盛り上がるところなのだろうが……クラスの空気は冷風扇でも回しているように変わらない。空にかかる薄い雲のように、ぽつりと雨谷が呟く。
「言うても……俺たち、ほぼ何もしなくね?」
「コピペやめろ」
「だってそうじゃねーか。鶴天の体育祭は学科対抗で、俺たち特進はエキシビションでしか出番ないし……」
普通科の紅軍、家政科の緑軍、看護科の青軍、芸能科の黄軍の四つが対抗する鶴天体育祭。1日目と2日目に球技大会、3日目に運動会が行われるのだが、学園側の他科生徒への配慮の結果、特進コース所属の生徒にはエキシビション以外の参加は認められていない。サーキュレーターでも回しているような空気の中、犬飼は腕を組んで言い放った。
「そのエキシビションが重要なんだろうが。特進コースの威信にかけて、他科の生徒に無様な真似は見せられない。そもそもここの特進は入学時に身体能力テストはあるとはいえ、学力テストと違って判定は比較的緩いだろ? 番狂わせは十分ありえるというか、ない年の方が珍しい」
「まぁ、そうだけどさ……」
「分かったら文句言うな。今から出場競技発表するから、何にするか考えとけ」
振り返り、犬飼は黒板を几帳面な文字で埋めていく。
一日目の競技は、ソフトボール、バドミントン、男女バレーボール、オセロ。二日目は、サッカー、卓球、男女バスケットボール、将棋。そして三日目は色々な競技があるが、特進が出場するのは午前の最後の競技である騎馬戦と、全競技の最後を飾るリレー。
三日間すべて、特進生徒はエキシビション枠での参加となる。特進3年生は受験に集中するため球技大会には参加せず、1年生と2年生のA組B組が混合チームで参戦することとなる。
「逆暗殺〇室じゃねーか……」
「それを言うんじゃない。そもそも特進コースは世界を引っ張る人材を育成するためのコースだぞ。ノーブレス・オブリージュの精神を以て壁となる、それが俺たちの役目だ。自覚しろ」
「……それとこれとは違くね?」
「違わない」
というか犬飼は基本的に漫画もアニメも映画も見ないため、的確な返しができないのである。複雑な顔をしている雨宮との会話をぶった切り、犬飼は組んでいた腕を解いた。
「とにかく、各々どの競技に出るか考えておけ。少なくとも一人一競技には出ろ。非出場は禁止だ。エントリー用紙掲示しておくから、各々出席番号と名前を記入しておけ。被った場合は話し合いで平和的に解決しろ。以上、自習」
◇
「……将棋?」
「ああ。一択」
球技大会の将棋の欄に記名し、山田は軽くシャーペンを回した。隣で神風は掲示された紙を見つめ、眉根を寄せていた。
「……ボクはどうしようかな……迷うな」
「今までの授業で見てた限り、爽馬だったら何でもできるだろ」
「いや、そんなことはないけどさ……うーん」
「爽馬ーっ」
不意に反対側から猫が喉を鳴らすような声。振り返るとソフトショートの黒髪を揺らし、御門が微笑みを浮かべていた。
「決まんないなら最後のリレー出たらいいんじゃないかな?」
「リレー?」
「そう、リレー。体育祭の花形だし――」
「何より爽馬に似合う」
「そ、そうかな……」
二人の言葉に頬を赤らめつつ、記名する神風。彼越しに御門は腰に手を当て、半目になりつつも山田に視線を向ける。
「それ僕が言いたかったんだけど。ふざけてるの?」
「俺も言いたかった。たまたま被った」
「いや絶対僕の台詞取ったよね?」
「自意識過剰か?」
「いやいや、そんなことで喧嘩しないでよ。子供じゃないんだから……」
呆れたように苦笑しつつ、神風はシャーペンを紙から離す。陽だまりのように微笑み、二人を交互に見つめる。
「ここはボクに免じて、仲良くしてよ。ね?」
「……」
「……爽馬がそう言うなら」
視線を逸らして口を閉ざす山田と、眉を寄せながらも呟く御門。安心したように胸を撫で下ろし、神風は御門に視線を向けた。
「辰也はどれに出るの?」
「やっぱりサッカーかな。イギリスでもサッカーやってたし」
「そっか。楽しみだなぁ」
「……」
「いや、勿論山田にも頑張ってほしいよ?」
山田の無言の視線を受け、神風は苦笑しつつ彼に視線を向けた。頭の後ろで手を組みつつ、御門も興味なさげに問う。
「てゆーか君、将棋なんてできるの?」
「それなりには」
「ふーん……でも将棋のエキシビションは特進4クラスの中で最強の人しか出れないって話だけど。大丈夫なの?」
「さあな」
「さあな、って……」
また苦笑を浮かべつつ、神風は山田の眼鏡越しの瞳をじっと見つめた。白いアネモネのような純粋な笑みを浮かべる。
「だったら、もっと頑張らなきゃだね。応援してるよ」
「……ああ」
無意識に手を伸ばし、神風の頭に置く。その茶色の髪を撫でつつ、山田は一つ頷いた。
「……何これ。僕、完全に置いてけぼりなんだけど……」
御門の呟きは誰に拾われることなく、ただ消えていった。
◇
そんな三人の声に、犬飼は参考書から顔を上げた。
(……リレー……か)
リレーは各クラス1名ずつで、各軍6名により競われる。ただし特進2年生のみ、1クラスから2名出ることができる。そしていつも神風の傍にいる山田、ひどく仲がいいらしい御門ともに同一競技には出場しないときた。余裕か、それとも――いや、そんなことは今はどうでもいい。立ち上がり、三人の間に割り込む。その横顔に、首を傾げる御門。
「何、君?」
「議長の犬飼郁だ。覚えておけ」
彼とは違い外部入学組の犬飼は言葉を投げつけるように自己紹介し、リレーの欄に自身の名前と出席番号を記入した。刹那、両側から槍のような眼差しが刺さる。恋敵に向けるような山田と御門の視線に冷や汗をかきつつも犬飼は腕を組んだ。
「勘違いするな。これは議長としてクラスを引っ張るためだ」
「どう考えても爽馬が決めるの見てから決めただろ」
「ツンデレするのは勝手だけど説得力ゼロだからね?」
「やめなよ二人とも……」
苦笑しつつ二人を制止し、神風は犬飼に向き直る。不機嫌そうに眉根を寄せる彼に、神風は何気なく片手を差し出した。
「……何の真似だ」
「一緒にリレーに出るんだからさ。これから、よろしくね?」
「……っ」
口元を引きつらせ、犬飼は彼を睨む。彼の笑顔は陽だまりのようで、直視するにはあまりにも眩しくて。石油ストーブに火をつけたように、体温が徐々に上がっていく。耐えきれず、犬飼は腕を組んだまま、勢いよく神風から顔を逸らした。それでも視線だけは神風に向けつつ、叩きつけるように言い放つ。
「勘違いするなと言っている。これはクラスと特進の威信をかけたものだ。間違ってもお前のためじゃない。仲良しこよしするためにやってるわけじゃないんだッ」
「顔赤いけど?」
「説得力皆無だな」
「うるさいッ! そうと決まればさっさと練習だッ!」
「……犬飼、まだ自習中だよ?」
「……ッ」
神風にやんわりと指摘され、犬飼は無言で顔を伏せる。そのまま足早に自分の席に座り、参考書に突っ伏したのだった。
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