第22話 それ、ボクが言いたかったのに

 パチパチと火花を弾きながら、キャンプファイヤーが燃え盛る。

 エンディングセレモニーと終業式と後始末を終え、すっかり日の落ちたサッカー場。その中心にキャンプファイヤーは鎮座していた。隣(といってもある程度距離はあるが)にはやぐらが組まれ、その頂上にはバンカラスタイルの応援団長が立っている。キャンプファイヤーそのものは自由参加なのだが、『鶴天祭』の熱気を消化しきれないのか、サッカー場一杯に生徒たちがひしめいていた。広いサッカー場の中心、弊衣破帽の応援団長は焚き火の音に負けじと地声を張り上げる。

「盛り上がってるかーっ!?」

 おおおおおおおおおおおっ、と地鳴りのような絶叫が夜空に響く。ただでさえ生徒数の多い鶴ヶ丘天使学園だ。そのほぼ全校生徒となれば、その歓声も自然と激しいものにもなろう。


「全く……何なんだ、馬鹿馬鹿しい」

 ――熱気に包まれたサッカー場の一角。やれやれ、と息を吐きながら犬飼は呟いた。その隣で昴小路がふわふわの猫毛を揺らして笑う。

「いいじゃないですかー。これも立派なお祭りの一環ですよ? それに1学期の最後を派手なキャンプファイヤーで締めるなんて、粋じゃないですか」

「それはそうだが……中身はどうかしている。各クラス代表のコメントがあるのはいい。最後に全員で校歌を歌って締めるのもいい」

 腕を組んで盛大に溜め息を吐き、言い放つ犬飼。

「問題は告白タイムだ。何故そんなものがある、下らない」

「そんなことないですよー。青春って感じがするでしょ?」

「……」

 あっけらかんと放たれた言葉に閉口する犬飼。そんな彼を見つめ、昴小路は無邪気な妖精のように笑った。

「郁君だって、特進コースが出し物できるように奔走してたじゃないですか」

「……そ、それは、生徒会と議長連合の意向だったからだ。次期生徒会長として、協力しないわけにはいかないだろうがッ」

「声、裏返ってますよ」

 犬飼の額を軽くつつき、昴小路は笑う。慌てて顔を背ける彼に寄りかかりつつ、楽しそうに口を開いた。

「素直に楽しんでもいいと思いますよ? お祭りの時くらい」

「……うるさい」

「つれないですねー。そんなだから友達が」

「黙れッ」

 犬飼の声はいつもよりも硬い。突然ステージに立たされた子供のように辺りを見回す彼を、昴小路は優しい母のように微笑んで見守っていた。



「それでは! 皆様! お待ちかね! 告白ターイム!!」

 応援団長の絶叫が響くと同時に、地鳴りのような歓声が木霊する。絶叫の渦からは離れた土手の上から見下ろし、山田は呟く。

「……近所迷惑じゃないのか?」

「野暮なこと言うんじゃないよ……台無しじゃないか」

 その隣で呆れたように返す神風。だけどその口元は微笑みを浮かべていて、泣き腫らしたような瞳はそれでも虹のような光を宿していて。山田は相も変わらず涼しい顔で、夏の熱気を閉じ込めたような篝火かがりびを眺める。生徒たちが次々と玉砕していくのを眺め、ぽつりと呟いた。

「……長かったな」

「そうかな」

 篝火に照らされた横顔を見つめ、神風は微笑む。彼の頬がほの赤く染まっているのは、きっと篝火のせいではなくて。

「……山田」

「なんだ」

「ごめん。遅くなって」

「謝るな。いいんだ、いくら遅くなっても」

 山田は不意に篝火から目を離し、夜空を見上げた。キャンプファイヤーの煙の向こうに、中途半端な形をした月が浮かんでいる。一つ嘆息し、山田は呟く。

「空気読めない月だな」

「そう言うんじゃないよ。野暮だなぁ」

 神風も同じ月を見上げ、微笑む。それはまるで月の光に、薔薇の蕾が輝くように。数秒の逡巡の末、彼は口を開こうとして――


「……その割に今日の月は、綺麗に見える」

「……っ!」

 かけようとした言葉がすべて奪われた。薬缶やかんが煙を噴き出すように、神風の頬に一気に熱が上る。押さえつけた心臓が音を立てて鼓動する中、不意に山田の視線が彼を捉えた。耐えきれずに顔を伏せ、神風は上がった熱を吐き出すように呟く。

「……それ、ボクが言いたかったのに」

「そうじゃないと困る」

「いや、わかってたなら何で先に言っちゃうんだい!!」

「そりゃそうだろ」

 神風の顎に手を伸ばし、そっと顔を上げさせる。その瞳は切羽詰まったように震えて、それでも胸の高鳴りを抑えきれないような。地上に焦がれて堕ちる流星のような瞳を真っ直ぐに見つめ、山田は白金プラチナのような声で言い放った。

「――俺はお前の、が好きなんだよ」



 篝火に照らされ、二人の姿は美しい影絵のように。

 ――そしてそれを、さらに後方から眺めている人影。


「……スターライト。変わっちゃったな、お前」

 植木の陰で、背中で一括りにした黒髪がなびく。一人の少年が腕を組み、二人の動向を値踏みするように見つめていた。

「神風爽馬、か……まぁ、多少は認めてあげてもいいけど。だけどスターライトに一番相応しいのは、おれなのは変わんないけど」

 演劇部のチラシを投げ捨て、少年は小さく息を吐く。その視線の先にいるのは明るい茶髪をした少年――神風。恋人を奪われた女のように彼をねめ回し、フィルムをめくるように思い返す。

(思えば、あの時からだ。スターライトが鶴天の特進受けた直後から)


『――好きな人ができた。誰よりも、お前よりも』

『そんな……嘘だ、嘘だよな? おれは、おれは本当に、スターライトをッ!』

『終わりにしよう……さよならだ』


(きっと、神風あいつが)

 ぎり、と歯を噛み締め、彼を睨む視線に紫色の熱を籠める。

(どんな手を使ったか知らないが、おれの、おれのスターライトを……ッ!)

 いつの間にか握りしめていた拳に、爪が食い込む。腹の奥から紫色の炎が溢れ、じわじわと全身を焼く。壊したい。あの影絵に石を投げ、滅茶苦茶にして、に直したい。それが少年にとっての、絶対の、愛の証明。

(スターライトはなんだ……おれだけの一等星なんだッ!)

 声帯が無音で震え、叫びたいほどの衝動が胸を突く。だが、と彼は拳を解いた。一度深呼吸し、北極の海のような視線を、山田に移す。

(……だが、耐えろ。まだその時じゃない。おれの愛を思い知らすのは、まだ……)

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