第19話 何が悲しくて
――映画が終わり、大講堂は割れんばかりの拍手に包まれた。スクリーンの光が消え、代わりにステージ上に少年少女――もとい、二人の少年が進み出る。映画で使用した衣装を纏う二人、片や色素薄めの茶髪にピンクリボンのバレッタをつけた男の娘――桃園。もう片方はブルーブラックの髪に黒縁眼鏡をかけた少年――山田。眩しいスポットライトを浴びながら舞台の中央に進み出て、まずは桃園が口を開く。
「こんにちは! 蒼乃葵役、桃園薫です!」
「内空閑響役、山田
「ありがとうございます!」
二人の挨拶に、会場は再び温かな拍手に包まれる。一度礼をした顔を上げ、桃園はマイクに向けて口を開いた。
「この映画は私が脚本・演出その他も担当しました! 主役やりながら演出もやるのはとても大変でしたが、頑張りましたっ!」
「鬼監督でした」
「ちょっと山田くんっ! そういうこと言わないのー!」
「あとこいつ、女に見えますけど男です」
「もーっ! それは言わない約束でしょー!」
二人の漫才に、観客席の神風は思わず笑みを零した。しかし周囲はざわつく。あんな可愛い娘が、男……?
「確かに見た目は女です。一人称とか、趣味とかも女です」
「そうそう、薫は可愛いんだから! お人形みたいでしょ?」
「だが男です」
「うわーん! 山田くんがいじめるー!」
元気に嘆く桃園を眺めつつ、神風はどこか胸に引っかかるものを感じた。顔を真っ赤に反論する桃園だけれど、その顔が赤いのが怒りのせいではないとしたら? 両腕を振り回す桃園がどこか嬉しそうに見えて、神風はかすかに俯く。砂糖もミルクも入っていないコーヒーのような、ひどく苦い感情。
「でも、薫はすっごく嬉しいです! 山田くんと一緒に主役やれて! っていうか実は薫たちは――」
さり気に桃園は山田と腕を組もうと試みるが、山田はそのすべてを巧みに躱している。そして片手を握ったかと思えば――
「お付き合――ぐふっ!?」
――隙を見てボディブローをかまされ、派手に吹き飛ぶ桃園。観客たちがざわめく中、舞台の端まですっ転がる。そんな彼を一瞥し、山田は客席に向けて淡々と口を開いた。
「そんな事実は一切ありません。誤解なきよう。この度は『蒼穹に響け』をご覧いただき、誠にありがとうございました」
再び一礼し、舞台袖にはけていく山田。そんな彼を見つめながら、どこか胸を撫で下ろしている神風がいた。
「うぅ……痛ぁい……」
腹を押さえながら立ち上がる桃園。ふらふらと反対側の舞台袖にはけていきつつ、マイクに口を寄せて呟く。
「いや確かに『ボディブローやろうね』って打ち合わせたけどさー……いくらなんでも本気すぎない……? 痛いよぉ……女の子の日来なくなっちゃいそう……」
……なお、桃園薫は男である。
◇
「ねえ山田、流石に本気で殴ることはなかったんじゃないかい……」
「双方同意の上だ。問題ない」
神風と、再び制服に着替えた山田。二人の行く先に、やたら大きな影が立ち塞がった。それは一人の少年に何人もの少年少女が絡みついている、ある種の曼荼羅のような絵面で。その中心にいる少年は、完璧にスタイリングした髪をなびかせ、キラキラと輝くような笑顔を二人に見せた。
「やぁ、山田くんに神風くん! こんなところで会うとは奇遇ですね!」
「……えっと、光ヶ丘くん?」
「なんだその地獄絵図」
「地獄絵図って……この方々は俺ハ……俺のファンですよ。折角会ったので、一緒に『鶴天祭』、巡ってるんです!」
一瞬『俺ハーレム』と言いかけて、慌てて言葉を飲み込み、光ヶ丘――鹿村は山田にずいっと顔を近づけた。
「山田くん! 俺のいとこと一緒に映画撮ったんですよね?」
「いとこ……桃園か?」
「そう、その人です」
華麗に指パッチンをしつつ肯定する鹿村。彼は好奇心旺盛そうに瞳を輝かせ、問いを重ねる。
「それで、どうですか!? ちょっと芸能界に興味――」
「ない」
「いやバッサリ言い過ぎだよ山田……」
食い気味に一刀両断され、一瞬静止する鹿村。その隙に山田は神風の手を引いてさっさと行ってしまう。床を睨み、鹿村は震える拳をゆっくりと開いた。
(やっぱり『全人類俺ハーレム』には至らないか……だが、まだ方法はある。待ってろよ、山田
「さぁ、皆! 次はどこに行きますか?」
一瞬後には爽やかイケメンアイドル光ヶ丘夏輝の顔でファンに向き直る鹿村。故に『全人類俺ハーレム』を目論む鹿村壮五のことは、いとこの桃園しか知らない。
◇
(はぁ……)
スポットライトを操作しつつ、犬飼は嘆息していた。
ステージの上では2年B組の生徒たちが踊っている。その奥でバンドをやっている五人組の中に、昴小路はいた。少し長めの茶色の猫毛を揺らし、ベースを弾いている。……しかし、犬飼にはそんなことはどうでもよかった。問題は神風である。
(神風……映画に出られりゃよかったんだがな……)
というか、犬飼はそれを期待していた。だが、桃園の脚本が出来上がる前に神風は演劇部の助っ人に入ってしまい、両方やるというのは流石に厳しいだろうから、クラスの映画からは外されたのだ。生徒会の一員でありながら議長も務める犬飼としては、それが心残りで仕方なかった、のだが。
(……彼女の頼みとあらば、仕方ない、よな……)
自分だって恋人がいたら、そっちを優先する。自らの甘さに苦笑しつつ、犬飼はスポットライトを操作する。例えば自分が神風と付き合っているとして――そこまで考え、彼はブンブンと頭を横に振った。口下手で素直になれない自分が神風と付き合ったって、きっと上手くいかない。
(……それでも……神風が気になって仕方ない……ッ)
ダンス衣装を纏った一団がはけていくのを確認し、スポットライトをオフにする。暗く染まったステージ上で、昴小路が大きく伸びをするのが見えた。
(……全く、いいよな。あいつは無邪気で、何も考えてなくて)
さっきまでの監査でだって、家政科のブースでは子供に混じって無駄に上手いプラ板アートを作るわ、看護科のブースでは何が楽しいかさっぱりわからない血圧測定を何故か楽しむわ、普通科の屋台に行けば宣言通りフランクフルトに舌鼓を打つわ、遊んでいるとしか思えない。こっちは真面目に生徒会の業務に取り組んでいるというのに――
「郁君!」
「!?」
――気付いた時にはすぐ側に昴小路がいた。彼は相変わらず大型犬のような笑顔で犬飼を見つめる。対し、犬飼は苦虫を嚙み潰したような顔で問うた。
「……お前、どこから湧いた」
「どこからって、さっき演奏が終わったので、直で来たんですよー。さ、郁君のステージ担当時間も終わりましたし、遊びに……じゃない、監査に行きましょうよー」
「お前、今『遊びに』って言っただろ。大体俺は他に一緒に回りたい奴が」
「無理だと思いまーす!」
「このっ……」
この昴小路は何かあればすぐにひっついてくる。それをいつも通りに引っぺがしつつ、犬飼は盛大に溜め息を吐く。
「……何が悲しくて、お前にひっつかれなきゃいけないんだ」
「いいじゃないですかー。さ、次は茶道部のブース行きましょう!」
ぐいぐいと押されながら持ち場を離れる犬飼。……だが、昴小路のどこか強引な笑顔が心地よいのも、また事実で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます