第13話 俺はたくさんの人に愛されたいんだ

「爽馬くん!」

「エレン……元気を取り戻したみたいで、本当に良かったよ」

「うん、いつまでも落ち込んでるわけにはいかないもん。今日も一緒にご飯食べていいかな?」

「ああ、勿論」

 神風がエレンに席を譲り、その様子を山田が購買の麻婆丼を食べながら横眼で窺う。桃園が食堂に行っていることを除けば極めて日常的な昼休み。――それを、雨トリオの絶叫がつんざいた。


「――ああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

「うるさい。静かに勉強させろ」

 犬飼が参考書から顔を上げ、鋭く一喝する。しかし何の痛痒も感じていないように三人はドッペルゲンガーの如く揃って扉の先を指さし、代わる代わる叫んだ。

「あ、あれ……」

「あのシルバーオスマンサス事務所所属の新進気鋭のアイドル……」

「『SPARKING』のリーダーにして黄色担当――」

「光ヶ丘夏輝ッ!?」

 最期は三人綺麗にハモった。クラス中の視線が扉の先に集中する。そこに立っていたのは、芸能科を示す橙色のネクタイの少年。少し長めの黒髪をワックスで派手にスタイリングし、真っ白な夏服を爽やかに着こなした彼は、一つウィンクをしてA組の教室に悠々と足を踏み入れた。

「こんにちは、『SPARKING』の光ヶ丘夏輝です!」

「うっそ、本物……?」

「ヤバい……オーラが違う……」

「わぁ……やっぱり本物のアイドルは違うね」

 潮騒のような嘆息があちこちから漏れ聞こえる中、神風も思わず感嘆したように呟く。……即座にエレンと山田の視線が氷柱のように刺さり、首をすくめることになるのだが。山田はすぐに光ヶ丘に視線を移し、興味なさげに呟く。

「……どこかで見た気がする」

「そりゃそうだよ。アイドルだし、テレビとかにも普通に出てるよ?」

「いや……そうじゃなくて、誰かと似てるような……?」

「うーん……言われてみれば、見覚えあるようなないような……」

 突然のアイドルの登場に沸き立つクラスをよそに、付き合ってられん、と犬飼は教室をあとにする。当の光ヶ丘はそれを気にする素振りもなく、モデルのように教室を横切りながら、演説をするように語る。

「はーい、それじゃあ皆、今日俺が来たのは完全にプライベートなので、普段通りの昼休みを過ごしてください!」

 その言葉に、未だに少しざわつきつつもクラスはいつも通りのさざめきに戻っていく。満足そうにそれを眺め、光ヶ丘は不意に立ち止まる。ある男子生徒の机に手を突き、ニッと微笑みかけた。

「――一緒にアイドル、やってみませんか?」


 その視線の先にいるのは、あろうことか――で。


「は?」

「えっ、ええっ!?」

「すみません、正気ですか?」

 表情を変えない山田、何故か盛大に驚く神風、さり気に失礼なエレン。三者三様の反応をみせる彼らに、光ヶ丘は片手を胸に当てて微笑む。

「俺はいつだって正気です。いや、知り合いが『アイドルに相応しい人がクラスにいる』って言ってたもんで。ちょっと気になったんで、会いに来ました。山田スターライトくんですよね?」

「……」

「いや、最初に名前確認しましょうよ……」

 不承不承といった感じで頷く山田に、光ヶ丘はすっと笑みを深めた。なお、エレンのボソッとツッコミは華麗にスルーされた模様である。光ヶ丘は芝居がかった様子で両腕を広げ、黄金色の扉を開くように語りだす。

「アイドルっていうのは素晴らしい仕事ですよ! 皆に笑顔を届けられる。勿論練習はハードですし、スケジュールによってはすごく苦労することになりますけど、その分達成感もありますしね。何より皆の注目を浴びられる機会なんて、普通に暮らしてればそうそうないですよ! やりましょうよアイドル!」

「断る」

「早っ!?」

 一撃でバッサリと撃ち落とした山田に、光ヶ丘は思わず目を見開く。相変わらず冷めた目で山田を眺めているエレンの隣で、神風は一つ頷いた。

(なんとなく、山田だったらそういう気がしてたけど……でも、一世一代のチャンスなのに。勿体ないよなぁ……)

「俺は大勢の注目よりも一人だけに好かれたい。それが俺の幸せだ」

 ――その言葉に神風ははっと息を呑んだ。断言された山田の幸せ。そして、その『一人だけ』とは、つまり――そう思うと無性に頬が熱くなって、心臓が少しずつ鼓動を速めていって。神風は目を閉じ、深く息を吐く。一方、光ヶ丘はかすかに目を細めた。肩をすくめ、腕を組む。

「……そうですか。それは……残念ですね。一緒にアイドルやったら、楽しそうだって思ったんですけど……」

 その声にはどこか紫色の煙がかかっていて、山田もかすかに目を細める。光ヶ丘はひらりと手を振り、三人に頭を下げる。

「すみません、お邪魔しました。それでは、失礼します」

 そういって山田の机から離れた――刹那、教室の後ろの入り口に、色素薄めの茶髪が揺れた。特徴的なピンクリボンのバレッタを付けた姿は、光ヶ丘を指さして大声を上げる。

「あーっ! 壮五!」

「だぁっ! 黙れやゴルァ!!」

 瞬間的に髪を後ろに撫でつけて疑似オールバックにすると、光ヶ丘は不良じみた口調で少女――桃園を怒鳴りつける。そのまま桃園に大股で近づき、ぐいぐいと彼を押して教室を出ていった。あとに残された三人は……それを眺め、何となく察する。

(……光ヶ丘くんの正体って……)

(もしかしなくても……)

(K組の鹿村壮五。間違いない)



「薫! 高校では正体黙っとけっていつも言ってるだろ!!」

「うぅ、ごめん……」

 あざとく落ち込む桃園に、光ヶ丘――もとい鹿村は腕を組む。そのままどこか詰め寄るように問いを重ねた。

「だいたい、話が違うだろ。アイドルになってほしい奴がいるって言われたから会いに来たっていうのに、どう考えても相容れないじゃねーか」

「いや……言わせてもらうけど……」

 そう前置きし、桃園はキッと鹿村を睨み、華奢な指を伸ばす。

「壮五の性癖って結構特殊だからね? たくさんの人に好きになってほしいってさ」

「いや、モテたいのは男なら誰でもだろ?」

「少なくとも薫は違うもん! あと壮五はそれにしたってナルシスト!」

「誰がナルシストだゴラ。女装家に言われたくねえ」

 バッサリと桃園の意見を切り捨て、俯く彼へ鹿村はさらに畳みかける。

「そもそもWin-Winの取引だったはずなのによ。お前の好きな人がアイドルになる、俺はにまた一歩近づく、なのに当の本人の意思がダメなんだったら計画がおじゃんだろうが。俺は強要するような真似はしたくねえんだよ」

「いや、何なの『俺ハーレム』って……そもそも『SPARKING』の時点で壮五ハーレムみたいなもんなのに、まだ欲しいの?」

「俺はたくさんの人に愛されたいんだ! 男でも女でもいい!」

 人差し指を伸ばし、胸を張って言い放つ鹿村に、桃園は肺の空気をすべて吐き出さんばかりの長い長い溜め息を吐いた。半目のままで腕を組み、口を開く。

「……薫、もう知らないからね? 週刊誌にすっぱ抜かれても責任取らないよ」

「す……すっぱ抜かれねーよ!」

 スタスタと歩き去っていく桃園の背後に、髪型が若干崩れてきた鹿村の声が叩きつけられる。しかし従兄の声を桃園はガン無視し、A組教室の扉を開けた。

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