第3話 思った以上に可愛くて

「……山田、遅いなぁ……」

「わっ」

「うわぁあああっ!?」

 唐突に背後から声をかけられ、神風は思わず絶叫した。駅前広場に叫び声が木霊し、周囲を歩く人々が一斉に振り向く。ゴールデンウィークだからか、午前十時の駅前は遊びに行く若者や子供連れの家族で賑わっていた。若干無理がある愛想笑いで誤魔化し、神風は声をかけた張本人に向き直る。

「……急に何をするんだい、山田! ゴールデンウィークだからってはしゃいでるのかい!?」

「俺はいつもこうだ。まぁ初デートだからはしゃいでるかもしれないが」

「デートって、ボクはそんなつもりじゃ……いや、まぁそういってもらえると嬉しいけど……うぅ」

 ごにょごにょと歯切れが悪く喋っていた神風だが、不意に大きく首を振った。話題を切り替えるように山田の全身を眺める。

「……それよりその格好、何とかならなかったのかい?」

「?」

 首を傾げる山田の格好といえば、ベーシックな白シャツの上にセーラーカラーの黒いジャケットをレイヤードし、サイケデリックな柄のモノトーンのスラックスに、腰には財布用のチェーン。それに白のスニーカーと、小物は銀色に輝くネックレスに黒のハット、そしていつもよりお洒落めな眼鏡で決めている。モード系、というのだろうか……それにしては奇抜だ。

「奇抜な割にちゃんとまとまってるあたり、腹立つなぁ……」

「?」

「もういいよ……」

 逆方向に首を傾げる山田に、神風は諦めたのか盛大に溜め息を吐いた。そんな彼の全身を眺めまわし、山田は頷く。

「……悪くない」

「なんでそんな上から目線なんだい?」

 かく言う神風の私服は緑のチェック柄のテーラードジャケットを軸に、季節感も取り入れた爽やかな着こなしだ。シンプルなシャツにベージュのカーディガンをレイヤードし、七分丈のジーンズとスニーカーで決めている。顔色一つ変えないまま山田は神風の顔の脇に素早く腕を通し、そのまま壁に手をついた。

 所謂「壁ドン」である。

「なっ……!?」

「すまない、思った以上に可愛くて惚れそう」

「えっ!?」

「っていうか惚れてる」

 正面から連発される言葉に、神風の頬は見る見るうちに茹で上がっていく。山田にしては珍しく、正面から見つめてくる瞳に囚われて動けない。心臓が高鳴る、頬が熱い。ぱくぱくと口を開閉させていると――山田は不意にフッと微笑み、手を離した。

「やっぱり可愛いな……さぁ、遊びに行くぞ」

「……あ、あぁ!」


 とりあえず、と大型ショッピングモールに向かう二人。

「どうする? 服でも買いに行くか?」

「いいね……山田はもうちょっと服を正した方がいいよ。僕が奢るから」

「……お前、高校生だろ? 人の服買う金なんてあるのか?」

「ふふん、ボクの実家の財力を舐めないでくれっ!」

「あ、そういえば爽馬お前、巨大企業『カミカゼ・ホールディングス』の跡継ぎだった。忘れてた」

「ねえ、そういうの普通に考えて重大事実だよね!? しれっと言わないでくれないかい!? っていうか何で知ってるんだい!?」

「何故だろうな?」

 神風の詰問をさらりと躱し、山田は彼を連れて適当な服屋に入る。笑顔で出迎えてくれる女性店員をよそに、山田は一体のマネキンに歩み寄った。黒いジャケットに赤いボトムス、パンク系ファッションだが……

「爽馬、これとかどうだ?」

「ちょっと待ってよ、これどう見ても女物だろ? どう見てもスカートじゃないか。キミ、もしかしてこれボクに着せようとしてないかい? 着ないからね?」

「……チッ。バレたか。絶対似合うと思ったんだがな……」

「着ないからね?」

「分かった、真面目に選ぶよ」

 繰り返す神風に、山田は深く溜め息を吐き、別のマネキンに歩み寄る。黒のテーラードジャケットにスリムシャツ、メンズスカートといったアイテムで飾られたそれを眺め、神風は腕を組む。

「……今の格好とそんなに変わんなくないかい?」

「爽馬に着せたい」

「いや、すまないけれど、ボクの趣味じゃな……」

「ペアルック」

「っ!?」

 全身が一瞬で茹で上がる。思わず息を呑み、見開いた瞳で山田を見つめる。対し、山田はマネキンが着ているのと同じ服を集めると、神風の手を取った。呆然としながらも試着室に押し込まれ、扉が閉められる――その音で神風はようやく我に返った。山田に押し付けられた服をまじまじと見つめる。

「……ペアルック……ペアルック、かぁ……」

 どこか苦い顔で呟き、ハンガーにかけられた服の袖を撫でてみる。

 正直、全くもって趣味じゃない。もっと彩度が高く綺麗めなコーディネートが神風の基本だ。だが……ペアルックという言葉は反則だろう。さっきから身体が熱くて仕方ない。熱気を吐き出すように深く溜め息を吐き、彼は独り言つ。

「……これだから山田は憎めないんだよなぁ……」


「……着たよ、山田」

 その言葉と共に扉が開く。柱にもたれ、腕を組みながら待機していた山田が視線だけを動かし、その姿を確認する。黒いテーラードジャケットにスリムシャツ、メンズスカートに細身のパンツ、黒いハット。首元には山田とお揃いの銀のアクセサリー。明るい茶色の髪と瞳が丁度いいアクセントになっていて、山田は満足げに頷く。

「最高」

「うっ……そうかい、よかった……っ」

 疲れ切ったような顔をしていた神風だが、山田の一言に思わず視線を逸らす。頬をほの赤く染めて人差し指の先をつつき合う神風を山田は帽子越しにわしゃわしゃと撫で、その手を取る。

「笑顔だけは隠せてないな」

「うぅ、うるさいよ……って、あれ?」

 財布を取り出そうとして、はたと止まる。涼しい顔で立ち止まる山田に向けてギギッと首を回し……問うた。

「ボクたち、元々山田の服買おうとしてたよね?」

「そうだったか?」

「なのに……一体なんでボクの服を買おうとしてるんだい?」

 苦い顔で問う彼の肩をポンと叩き、山田は涼しい顔で応える。

「いいだろ、ペアルックなんだから」

「……うぅ、それはそうなんだけど……わかったよ、もうお会計してくる……」

 若干肩を落としつつも財布を取り出し、神風はレジに向かう。

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