第2話 お前は何一つわかってない

「爽馬くん! お昼一緒に食べよう」

「うん、エレン」

 ――まだ桜が残っていた頃の、とある昼休み。教室に弁当を持った金髪碧眼の美少女が入り、神風に話しかけた。彼も微笑んでそう返し、エレンと呼ばれた少女に席を譲る。そこにクラスメイトの仲良し三人組――雨谷あまがい雨取あまとり雨宮あめみやが話しかけてきた。

「おー、神風。もしかして彼女?」

「そうだよ、C組の佐伯さえきエレンだ」

「初めまして。よろしくお願いします」

 礼儀正しく礼をするエレンに、三人は思わず目を見開く。肩甲骨を覆うように流れる金髪。ペリドットを思わせる美しい瞳。ぬけるような白い肌。クラシックなセーラー服の制服も綺麗に着こなしている。胸元に揺れるのは、普通科を示す赤いスカーフ。

「めっちゃキレーじゃん……外人みたい」

「まぁ、エレンは日本とイギリスのハーフだからね」

「ハーフ!?」

「そりゃ綺麗なわけだ……」

「いえ、そんなことないですよ」

 顔色一つ変えずにエレンはにこりと微笑む。雨谷はわずかに顔を赤らめながらも、神風の肩をバシバシと叩いた。

「お前、すっげぇいい彼女見つけたじゃん!! 幸せになれよ!!」

「ははっ、ありがとう」

「末永くお幸せに―」

「んじゃ俺たち食堂行ってくるわ! 水入らずの時間楽しめよ~」

「ああ、ありがとな!」

「ふふ、ありがとうございます」

 嵐のように去っていった三人を見送ると、エレンは弁当を開けつつ立ったままの神風に向き直る。

「でも爽馬くんは立ったままでいいの?」

「うん。そんなに疲れないよ」

「そっかぁ、爽馬くんはいつも優しいねぇ。あ、爽馬くんが好きな卵焼きあるよ。一口食べる?」

「えっ!? 本当にいいの!?」

 卵焼き。その言葉に頬を紅潮させる神風に、エレンはくすくすと笑って弁当の中から卵焼き箸ででつまみ、差し出す。

「はい、あー……ん?」

 ――スッ

 二人の隙をついて隣から箸が伸び、卵焼きを奪い取ると、口に含む。

「……えっ?」

「え!?」

 その方向を見ると――ブルーブラックの髪の眼鏡男子の姿。即ち。

「山田!? 一体何するんだい!?」

「ふぁんふぁふふぁふいふぁふぁふぁ」

「飲み込んでから喋ってくれないか!? あと箸でつまんだものを箸で受け取るのは渡し箸っていって、火葬に通ずるところがあるから縁起が悪いんだ! 頼むからやめてくれ!!」

 その言葉に山田は卵焼きを飲み込み、改めて口を開く。

「なんかムカついたから」

「何故だい!!」

「あ、あのぉ……」

 そんな烈火のようなやり取りに、不意に水が差された。見ると、置いてけぼりのエレンが控えめに山田を眺めている。

「爽馬くん……その人は?」

「あぁ……ごめんね、エレン。こいつは山田スターライト。ボクのクラスメイトで……しょっちゅうボクにちょっかい出してくるんだ。山田にも紹介するよ。こいつは佐伯エレン。ボクの彼女だ」

「……は?」

 山田の声がワントーン落ちる。眼鏡の奥の眼光が鋭くエレンに向けられる。笑みを引き攣らせるエレンに、山田は低く問う。

「……爽馬とはどこで知り合った?」

「えっと、入学式の新入生代表挨拶の時に一目惚れして……遠足の時に、思い切って話しかけてみて……文化祭で、告白しました」

「エレンいつもあっさり言うよね……恥じらいとかないのかい?」

「恥ずかしいことなんて何もないよ。爽馬くんは私の王子さまだもの」

「その言葉が恥ずかしいよ!! やめてくれ頼むから!!」

 指を組んで夢見るような瞳でそういうエレンに、顔を赤らめつつ思い切り突っ込む神風。半ば取り調べのように、山田の質問は続く。

「……じゃあ、爽馬のどこが好きなんだ?」

「全部です」

「ちょっ!?」

 即答するエレンに神風は思わず声を上げる。しかし山田もエレンも動じない。

「……強いて言うなら?」

「かっこよくて優しくて、人を大切にできるところ……?」

「……そうか」

 エレンの言葉に、山田は徐に机の上で指を組み、沈黙する。そして不意に箸を手に取ると――ズビシッ! とエレンを指した。

「お前は何一つわかってない」

「ええっ!?」

「箸で人を指さないでくれ!! ましてや僕の彼女だぞ!?」

 神風の言葉を華麗にスルーし、山田は激烈な口調で続ける。

「いいか? 爽馬の一番の良いところは誰にも負けない“素直さ”だ。素直だからこそ俺の不意打ちにいつだって乗ってくれる。いつでも俺を楽しませてくれる! かっこいい? 優しい? 人を大切にできる? そんなことは二の次だ。大事なのは“一緒にいて楽しい”、それだろ」

「キミはボクのことをなんだと思っているんだい!!」

 思わず派手にツッコミを入れる神風。しかしエレンは動じた気配すらなく――ニコニコと陽だまりのように微笑んだまま、口を開いた。

「……そうですね。それも爽馬くんの素晴らしいところです。そこも含めて……」

 そこで一旦言葉を切り、エレンは神風の腕に手を回す。

「――私は、爽馬くんが大好きなんです」

「やめてくれ恥ずかしい……」

 組まれている腕とは反対側の手で赤らめた顔を覆う神風。しかし山田もエレンもそれを気に留める様子はない。神風は気づかないが、二人の間に火花すら散っている気配がする。

 ――と、二人の間を一匹の蠅がよぎった――と、神風が認識したのも束の間。

 ――パシィン!!

 エレンが腕を伸ばし、蠅を討ち取った。

「……爽馬……お前の彼女、意外と凶暴なんだな」

「……そ、そうかい?」

「そうでしょうか?」

 きょとん、と首を傾げる二人に、山田は思わずこめかみを押さえた。

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