不意打ちの山田くん

東美桜

1学期編

第1話 俺は今日から一年間

「えー、じゃあこの問いの答え分かるか? 神風かみかぜ

「はい」

 教師の問いに、自信満々で応える少年がいた。明るい茶色の髪。利発そうな茶色の瞳。俳優のように爽やかな、整った顔立ち。校則を遵守しつつも、爽やかに着こなされたベージュのブレザーの制服。神風と呼ばれた彼は微笑みを浮かべ、徐に口を開き――

「ななじゅ――」

「72nです」

「な……っ!?」

 ――しかし、別の少年の声に遮られた。

 はっとして隣を見ると、ブルーブラックの髪の地味な少年が前を見据えていた。神風に負けないほどの美形を隠すように、黒の角縁眼鏡が朝の光を反射して光る。どことなく地味な雰囲気の彼は、クラス中から浴びせられる視線をものともせず、無表情のままどこか尊大に着席していた。驚愕の視線を彼に向ける神風をよそに、教師は困ったように口を開く。

「……おい山田やまだ、先生は今、神風に当てたんだが」

「すみません。ついうっかり、悪癖が疼いてしまいました」

「疼いてしまいました、じゃないよ!!」

 椅子を蹴立て、絶叫してしまう。クラスの空気が震える。そのまま神風は一気にまくしたてた。

「大体何なんだい君は!? ボクが答える時に限っていつもキミが代わりに応えてしまうじゃないか!! キミは一体何がしたいんだ!? ボクを馬鹿にしているのかい!?」

「違う」

「じゃあ何故なんだい一体!!」

「面白いから」

 激しい質問攻めにあっさりと答え、山田と呼ばれた少年は視線を机に落とす。神風は口を真一文字に引き結び、声にならない声を上げた――と、控えめに教師が割って入った。

「あのぉ……神風君、一回席についてもらってもいいかな?」

「あっ……すみません!」

 クラス中から漏れ聞こえる忍び笑いに、赤面しつつ神風は席に着く。顔を覆い、彼は机に突っ伏した。


(なんで……なんでこうなるんだ……っ)

 頬が燃える。なんなら顔全体が燃える。というか上半身が燃えている。引き締まった上半身を汗が濡らすのを感じながら、神風は考えていた。

 事の始まりは2年生になったばかりのクラス替え。隣の席になった山田に話しかけた時だった。

『――神風爽馬そうま、だろ?』

『えっ?』

『俺は山田。山田スターライトだ』

『スター、ライト……!?』

 ――その名前を聞いた時のスタンガンを押し付けられたかのような衝撃は、多分一生忘れられないだろう。だって考えてもみてほしい。山田スターライトだ。山田というごくごく一般的な姓に、スターライトなどというキラキラネームの組み合わせだ。普通、驚愕する。

 ――そんな彼は、口をぱくぱくする神風をものともせず、無表情のままで言い放った。

『――宣言する』

『は、はぇ?』

 神風の変な声に、ビシッと彼を指さし、山田はどこか嬉しそうに宣言した。


『俺は今日から一年間、お前をいじり倒す』


「あぁぁぁぁぁぁぁぁあああああもぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!」

 顔を覆ったまま絶叫する。なんだったら再び椅子を蹴立てて立ち上がる。

「だってそうだろう!? 『いじり倒す』って宣言されてそのまま不意打ちされまくってるやるがいるか!! いやここにいる!! ボクだ!! あぁもう、一体なんでこうなったんだ!? わかるか山田!?」

「………」

「黙らないでくれ頼むから!!」

 冷めた目で沈黙する山田に、神風はさらに赤面しつつ絶叫する。このままでは燃えて灰になってしまいそうだ。どうにかしてくれ、と言外に含めながら山田を見つめるが、しかし。

「………ふぅ」

 山田は軽く息を吐いただけで、ふいっと視線を神風から外した。思わず目を見開く神風……数歩後ろによろめき、着席する。

「……そんなぁ……キミのせいだろ、山田ぁ……」

 その呟きを残し、机に突っ伏す。重力に押しつぶされるようにその背中が凹んだ。青いオーラすら周囲に見え隠れする神風に、教師はそっと声をかける。

「あのぉ……神風……? 今、授業中なの忘れてないかぁ……?」

「……すみません今それどころじゃないです……」


 ぽん、と肩に手が置かれた。

「そういうとこ、好きだぞ」

「っ!?」

 至近距離から聞こえた山田の声。はっとして顔を上げると、山田は触れ合えそうなほどに近くにいた。無表情のまま放たれた言葉に、ボンっと音を立てそうなほどに一気に顔面に熱が集まる。今の言葉が脳裏でぐるぐると旋回し、リピート再生されるたびに心臓が激しく脈打つ。視線を逸らそうにも、山田の視線に絡め取られて身動きすらままならない。ただただ口をぱくぱくする神風の頭を、山田はそっと撫でて。

「……学力も運動神経もルックスも家柄もトップクラスのくせに、なんでそんなに無防備なんだよ……だからこうやって、いじりたくなるんだろうが」

「……っ、うっ、うるさいっ!!」

「ははっ、やっぱ可愛いな。あと授業、もう終わったぞ」

「わ、解ってるよ!!」

 絶叫気味に言い返す神風。山田はその頭をもう一度くしゃりと撫で、鼻歌を歌いながら教室を出て行った。


「…………」

 その背中を神風は眺める。頭にそっと手を当て、一人嘆息する。

(はぁ……もう、何なんだろう……)

 山田と出会ってからの数日間、彼はどこかおかしい。不意打ちをされるたびに心臓が脈打って仕方がない。否、彼の姿を見るだけでも微かに頬が熱くなるような気さえする。

(どうしてこうなったんだ……)

 いくら考えても、わからない。

 神風は諦めて、授業の道具を仕舞おうとする――と、肩をつつかれた。何気なく振り返ると、伸ばされた指が頬に埋まる。見上げると、黒縁眼鏡の美形が相変わらずの無表情で神風を見下ろしていた。

「また引っかかったな」

「……~っ!! いい加減にしてくれないか!?」

 再び全身赤く染まりつつ、神風は山田に噛みつかんとばかりに絶叫する。


 ――彼らの物語は、まだ始まったばかりだった。

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