第4話 お前しか、いないって
「はぁ~……」
「何溜息なんか吐いてるんだ。似合わないぞ」
「だって……うぅ、ペアルックだとしても趣味じゃないよ……」
買ったばかりの服を早速着て、ショッピングモールを歩く神風と山田。と、不意にグーッと派手な音が鳴った。神風の視線が山田に刺さる。
「……あ。腹減ったな」
「じゃあ昼ご飯にしようか。どこで食べ――」
――と、山田は無言でスマホを取り出し、ロックを解除するなりアプリを起動した。そこに映し出されていたのは、このショッピングモール内にあるバーガーショップの半額クーポン。しかも二人分。
「……え? 山田、なんでそんなの持ってるんだい?」
「今日のために準備してた。さぁ、行くか」
「ハンバーガーセット、ポテトMと飲み物はコーラで」
「ボクは……チーズバーガーセットで。ポテトMと……飲み物はアイスティーで」
「アイスティーにはレモン、ミルクおつけしますか?」
「あ、はい、お願いします」
「かしこまりました。それではこちらの札を持って、お席でお待ちくださいー」
札を持って適当な席に着くなり、神風はふっと山田に笑いかけた。
「慣れてるもんだろ?」
「ああ。それが?」
「へ?」
無邪気に首を傾げる山田に、神風は肩透かしを食らったように変な声を漏らす。そんな彼を正面からな見つめ、山田は頬杖をついた。
「お前どうせ、自分が金持ちの生まれだってこと気にしてるんだろ? 鶴天にも幼稚舎の頃からいるらしいし……結構な人気者だってことは自覚してるはずだ」
「い、いや、人気者だなんて、そんな」
「だが、俺は人を生まれで判断する奴は嫌いだ」
きっぱりと言い切り、山田は神風を真っ直ぐに見つめて語る。
「だからお前のこともお前そのものを見て判断した、と思う。初めてお前を認識したあの時、何気なくお前が笑いかけてくれたあの時……」
――そして、彼は不意に神風から視線を逸らした。どこか憮然としたような、それでいて春の日差しのような顔色をして、恋を知った少女のように呟く。
「……お前しか、いないって思ったんだ」
――刹那、世界から音が消えた。ゆっくりと目を見開き、神風は徐々に頬が熱くなっていくのを自覚する。思わず山田から目を逸らし、心臓に手を当てた。その鼓動はひどく痛くて、それでもパステルカラーの砂糖菓子のように優しくて。
「……山田……」
「……なんてな。忘れてくれ」
滅多に感情を顔に浮かべない山田は、相も変わらず読めない表情を見せている。店員のお姉さんがハンバーガーを席に置くのを、神風はぼんやりと見つめた。そしてお姉さんがいなくなったところで、神風は柔らかく笑みを浮かべた。
「……嬉しいよ、山田。ありがとう」
「礼を言われることじゃない。……さ、食べるか。バーガーが冷める」
「ふぅ……ごちそうさまでした。それじゃあ行こうか、山田」
「ああ。……あ」
席から立ち上がり相手を促す神風に、山田も頷いて立ち上がる。と、彼は神風の口元に目をやった。歩き出そうとする神風の手をパッと取り、彼が無防備に振り返った隙にぐいっと身体を引き寄せると……その頬に口を寄せ、ぺろりと軽く舐めた。一瞬、柔らかい舌の感触が神風の神経を刺激し……彼がそれを理解したのは、数秒後のことで。
「……な……っ!?」
理解した瞬間、ボンッと音を立てそうなほどに茹で上がる神風を見つめ、帽子越しに茶髪を軽く撫でる。そのまま神風の腕を取り、歩き出した。
「……何かついてたから。さ、行くぞ」
「うぅ……これだから山田は、もう……っ」
片手で顔を覆いながら、神風は山田に手を引かれて歩き出す。
……破裂しそうな心臓が痛いけれど、それはそれで幸せだった。
ショッピングモールを出て、近くのカラオケボックスへ。306号室に入り、山田はリモコンを手に取った。未だに顔の赤みが引かない神風にそれを差し出し、口を開く。
「何、歌う? 選んでいいぞ」
「……うん」
とりあえずソファに腰を下ろし、少し悩みながらもリモコンを操作する。曲名が表示されたのち、流れ出したのは星が輝くようなサウンドだった。
――米津玄師「orion」。
気持ちを切り替えるように静かに深呼吸をして、神風は透き通った声で歌い出す。山田はそんな彼を見つめながら、ただ黙って歌声に耳を傾けていた。
2番が終わる。神風はそっとマイクを口元から離すと、胸に手を当てた。
(実際……山田に惹かれてるっていうのは、事実なんだよなぁ……)
視線だけを動かし、山田を見つめる。艶やかなブルーブラックの髪。黒の角縁眼鏡に隠されてわかりにくいが、確かに美形といえる顔立ち。健康的な肌の色。どこか尊大なポーカーフェイスの裏に隠された、どうしようもなくお茶目で憎めない本性。ただいじられるだけなら「めんどくさいなぁ」以上の感想は抱かないけれど……その陰にさりげなく配置された気持ちに、気付いてしまったなら。
そして、隣に山田がいるということの幸せに、気付いてしまったなら。
(……ボクも、単純だよなぁ)
不意に山田がマイクを手に取った。神風が紡ぐラスサビに、丁寧に、柔らかくハーモニーを差し込む。はっと目を見開き、神風は山田を見つめた。対し、山田は彼に目を合わせ、表情を変えないまま軽く片目を瞑る。星屑がきらめくような声が重なり、トライアングルのように響き渡った。神風の胸に一等星のような輝きが灯り――晴れやかに破顔し、最後のフレーズを歌い上げた。
「……さて」
残響が消えない中、山田はリモコンを操作する。どんな曲を歌うのか、少し期待しながらそれを眺めていた神風は……流れ出したサウンドに、派手にずっこけることとなった。和楽器を主とする、どこか懐かしいサウンド。
――北島三郎「まつり」。
神風は思わずリモコンを引ったくり、一時停止ボタンを強打する。不服そうに眉を寄せる山田に、彼は思い切り詰め寄った。
「何で!? 何でこの流れでその選曲なの!?」
「いや、俺普段演歌しか歌わないし」
「だからってねえ、ちょっとくらい空気読んでくれないか!? そこはもうちょっとキラキラしたラブソングとかなかったのかい!? っていうか演歌しか歌わないって言いながら、さっき思いっきり綺麗にハモってたのは何だったんだい!?」
「さっきのはそういう気分だっただけ」
「気分変わるの早すぎじゃないかい!? ねえ!!」
因みにそのあと嵐の「Love so sweet」を歌わせたら普通に歌ってくれたそうな。
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