種まきチャラ男についての伝説的講演

ひろみつ,hiromitsu

種まきチャラ男についての伝説的講演

   Ⅰ


 ……そして、その男の名は『種まきチャラ男』といった。


 客1:オイ! 何だその名前は!

 客2:ふざけてんのか! 客をナメてんのか!

 客3:ひらがなとカタカナ入れないで、せめて漢字で揃えれば、名前らしいのに。

 客4:そんな名前の奴、いるわけねえだろ!


 うるせー! 黙って聴けー! 則巻のりまき千兵衛せんべえとか則巻アラレとかいるだろが! あと、あれだ……えーと、そう! 草刈くさかり正雄まさおがいるだろ! 俳優の。草刈正雄がいるなら、種まきチャラ男がいてもおかしくねえだろ! どうだ、文句ねえだろ! 文句がある奴は、今すぐ出てけー!!


〈講堂にいた客の半数が退場〉


 客5:しょぱなからとんでもねえな。ホントにアイツ、学者か?

 客6:なんかアイツ、アブなくねえすか?

 客7:う~む……下手すると、とてつもなくくだらないかもしれんぞ、こりゃ

 客8:ま、見物見物けんぶつけんぶつ。フフフ……


   Ⅱ


 ――続けます。

 チャラ男は幼いころからチャラチャラしていた。『名はていを表す』とはよく言ったものだ。同級生の男子よりも女子と仲良くしており、女子とばかり遊び、スカートをめくらない日はなかった。


 客9:俺も昔はやってたなあ~。で、よくビンタされたっけ。


 チャラ男は女子たちと懇意だったので、ビンタまではされなかった。女子は「プンプン!」などと言いつつも、チャラ男を許していた。ブサイクな客9とは、その辺が違っていた。


 客9:おお!? あんだと! コノヤロー、もう1回言ってみろ!


 


 客9:うへえ!! え? んーとお、俺が「もう1回言ってみろ」って言って、もう1回言われたんだから……いやあ、わざわざ2回も……ありがとうございますホントに。


 ――どういたしまして。分かってくれりゃいいんだよお客さん。続けます。


 ところで人類は昔、を持っていたのである。


 客一同:………………?


 人類はすべて、みな尾っぽがあった。男も女も、生まれたころから尾っぽがあった。猫や犬のように。


 客1:なんだその説は!

 客2:聞いたことねえぞ!

 客6:ダーウィン的な?

 客7:いや、人類は類人猿のころからすでにしっぽはねえぞ。アイツは尾っぽって言ってるけど、ま、ともかくそれがないのが人類だろ?


 ――オイ、人が話してんだ。そうガヤガヤしたり疑ったりするのはやめろ。


 客3:なんだアイツ、訳知り顔で偉そうに。


 ――無学なテメエらは黙ってろって言ってんだよ! 通説なんて全部、現行権力に都合よく書き換えられてることぐらい、頭に叩き込んどけ!!


 客9:あわわわ……


 ――いいか! そこいらの、いわゆる学者っちゅうもんは、権力の犬なんじゃ! 金持ちどもに迎合して、奴らの権力を論理で支えてオマンマ食ってんだ。金持ちどもに都合の悪い真実なんて出そうもんなら、排除されるんじゃ! 殺されるんじゃ! そのくらい知らんのか、アホンダラ! こちとら生半可な気分で、この講演やってんじゃねえんだ。今度アホなこと抜かしたら、テメエらの空っぽなドタマなんか、バットでスイカよりパックリかち割ってやるわ!!


 客一同:コ、コイツ、こえー……


   Ⅲ


 ――戻ります。

 そんななか、不幸なるかな、チャラ男は身体に異常を抱えて生まれてきた。そう、哺乳ほにゅう類の象徴であり、当時の人類の普遍的な部位である、がないのだ。

 両親は、チャラ男を憐れんだ。

〈こんな姿では、村の者たちから排斥されてしまう〉

〈神よ、なんとむごいことを!〉


 両親は村長のもとに赤ん坊のチャラ男を連れていった。

「私たちの子どもが……見てください」父親が言った。

 チャラ男を抱いていた母親は、村長にチャラ男の尻を見せた。

「な、なんと! 尾っぽがないではないか!」村長は白髪の奥で目を丸くした。

「これを知ったら、村中の人がこの子をいじめるかもしれません。下手したら殺されます。この子を助けたいんです。どうしたらいいでしょう?」父親が目を潤ませて言った。

「う~む。かわいい赤子には変わりない。村の大事な、新しい一員じゃ。ワシがなんとかしよう!」


 人権意識の高い村長は、村人を集め、みなに尾っぽのないチャラ男の尻を見せた。村民にどよめきが起きた。怒号も混じっていた。チャラ男の両親は辛そうにうつむいた。

しずまれ、みなの者。ワシの話を聴け!」村長は両手を上げ下げして言った。村民は静かになり、おもむろに腰を下ろした。

「ワシは若いころ、広く世を旅した。そのとき、この村では目にしないような姿の者たちにたくさん出会った。この赤子ほどではないが、尾っぽが短い者も見た。だが、そのような者を排除せず、みな仲良く暮らしている村や国は繁栄していた。我が村も、この赤子をあたたかく受け入れようではないか!」

 村人たちは喝采かっさいし、嘆声たんせいを上げた。みな、村長に同意した。こうしてチャラ男は、村人の仲間として、いやむしろ特別扱いされて甘やかされたくらいにして、スクスク育っていった。


   Ⅳ


 客7:う~む、予想通りのくだらなさかもしれない……。

 客4:だいたい、コイツが言うしっぽがあったころって太古の昔なんだろ? そんなころに『種まきチャラ男』なんて名前付けるかよ。あと、さっき『スカート』とか『同級生』って言ってたけど、それ、結構最近じゃね? 時代がゴッチャで意味分かんねえし、信憑しんぴょう性ねえ気がする……けどアイツ、〈歴史は都合良く書き換えられてる〉ってあんな真剣に言うし、確かにそれも一理あるしなあ……。とりあえず我慢して聴いてみっか。


 やがてチャラ男に二次性徴せいちょうが訪れた。尾っぽがない分、もともと尾っぽは人一倍立派だったが、より磨きがかかった。もともと女子との交流にけていたチャラ男だが、その立派さもあいまって女子たちは完全にとりことなっていった。


〈もはや「〈前の尾っぽ〉とか言ってんじゃねえよ。チ◯ポでいーだろーがよー!」などといったヤジを飛ばす力も湧いてこず、魔法にかけられたように話に聴き入ってしまう客一同〉


 チャラ男を救ったあの村長はすでにこの世を去っていたが、生前の念願通り、村は繁栄し、大きな国となった。その若き国王こそ、チャラ男だった。

 チャラ男はまず、十代にして村中の女を虜とし、権力を集中させた。やがて村の外の女たちもモノにし、近隣の大国の王妃まで言いなりにさせた。まさに男版クレオパトラである。王妃は、〈夫である国王といるより、できるだけ長くチャラ男といたい〉との思いから、国王を躊躇ちゅうちょなく毒殺した。


「ちょ、待てよ! ……そんなこと、頼んでねえのに。エリーザベートったら~」

 ピロートークで王妃からそんな話をされ、チャラ男は肩をすくめて言った。

「だってえ、あなたと一緒にいたいんだもん! もうアイツ死んだし、城も家来も財産も、全部あげるから!」

「え、いいの? あざーす。じゃあ一緒にいられる時間、10分くらいは増やせるかもな」

「えー? それだけ? それでも40分じゃん!」王妃は頬をふくらませた。

「コラコラ。もともとお前が一番長時間なんだぞ」

 チャラ男は王妃のおでこを指で弾いた。

「そうだよね……ゴメンね! チャラ男君モテモテだから、しかたないよね」

「分かってくれて嬉しいよ」

 チャラ男は王妃にキスをした。王妃は失神してしまった。いつものことだ。チャラ男は、天蓋てんがいのついた王妃ののベッドをあとにし、侍者たちとともに馬車で次の女のもとに向かった。

「ああ、今日はあと30人か。忙しいな~」


 こうしてチャラ男の種はありとあらゆる地域に拡散し、チャラ男が『この世をば、我が世とぞ思う望月の……』などと詠いながら世を去るころには、チャラ男の姿に似た若者や子どもが溢れていた。時を経ずして、尾っぽのない人類が世界の趨勢すうせいを占め、現在に至る――。


 生れ落ちるとともに恐ろしい呪いをかけられていた男は、周囲の人間に恵まれ、奇跡的な祝福を受け、現在の人類の直接の祖とまでなった。これが真実である。たった一人で歴史を塗り替え、世界を変えた男がいた。歴史の闇に葬られていた我らが共通のちち、その男こそチャラ男――、そう、『種まきチャラ男』! 君たちの、哺乳類ながら尾っぽのないそのツルリとした尻を思え。彼とのつながりを感じられるだろう……。


 客一同:ウルッ(感動というよりあれこれ嘆きの涙)


(了)

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