第12話 師匠になるということ

 俺は仕事を終え、ファラエスとともに家に帰ってきていた。

 そこで、俺の目に入ったのは、一人の少女だ。


「……セリア?」

「師匠、お帰りなさい」

「た、ただいま?」


 セリアは、俺を笑顔で迎えてくれたので、とりあえず返しておいた。


「どうしてここに?」

「私が呼んだんだよ」


 俺の疑問に答えてくれたのは、ファラエスだ。


「セリアが、どうしても諦められないようだから、君と話す機会を作ったんだ。幸い、この家は部屋も余っているし、今夜は泊まってもらおうと思ってね」

「なるほど、そういうことか」


 ファラエスは、セリアの味方をすると俺に言っていた。そのため、このことには納得できる。


「ファラエス隊長、ありがとうございます」

「いいのさ、セリア。今日は、ゆっくりしていってくれ」


 ファラエスはセリアに近寄ると、その頭を撫でていた。よくわからないが、セリアはファラエスのお気に入りなのだろうか。


「とりあえず、夕食にしようか。話は、その後にゆっくりね」

「はい!」


 こうして、俺達は、夕食をとることになった。




◇◇◇




「師匠、お話いいですか?」


 夕食の後、セリアが俺にそう話しかけてきた。


「なんども言うが……」

「やっぱり、駄目なんですか?」

「そりゃあ、まあ駄目だと言いたいが……」


 ここまで熱意を受けると、流石に揺らいできてしまう。

 もしかしたら、俺は弟子をとってもいいのではないだろうか。


 いや、そんな誘惑に負けてはならない。意思は固くしなければ。


「師匠! ボクの話を聞いてくれませんか?」

「話? なんのだ?」


 俺がそんなことを考えていると、セリアがそう言ってきた。

 まあ、話しくらいなら聞いてもいいか。


「ボクが、どうして師匠にこだわっているかを、話したいと思うんです」

「なるほど……」


 それは、俺も聞いておきたいことではある。

 ここまで、俺にこだわるのは、何か理由があるとしか思えない。


「私の家は、代々剣士の家だったんです」

「ほう?」


 剣士の家系だったのか。それなら、なおさら俺にこだわるのは疑問だ。

 なぜなら、家系で剣士なら、その家系特有の流派などがあるだろう。それを、継がないということは、セリアは家と何かあるのかもしれない。


「だけど、その家系の剣技は、防御が主体なんです」

「防御か……」


 防御というと、俺とはかなり違うな。

 俺は、どちらかといえば、攻撃主体のスタイルだ。つまり、セリアの家系とは正反対の剣技となる。


「ボクの体格じゃあ、その剣技を極めることは難しいと思います」

「まあ、それはそうかもしれないな……」


 確かに防御主体の剣技は、小柄なセリアには、少し厳しいかもしれない。


「だから、ボクには、ボクに合った剣技があると思うんです」

「……そうか」


 つまり、それは俺の剣技。


「師匠が使う剣は、速さが主体のように思えました。それはまさに、私が求めていた剣技なんです」

「ほう……?」


 なるほど、俺の攻撃を見て、そう思った訳か。まあ、速さも俺の剣の特徴ではある。


「だが、それだけなら、俺である必要はないんじゃないか? 速さを求めた剣なら、俺以上のものもいくらでもあるだろう?」

「それは違います。師匠の剣技にあるのは、速さだけではありません。力強さも、技の切れも、とにかくすごいんです!」


 俺の質問に、セリアのテンションが高くなった。

 あまり、意味は籠っていないが、熱意だけは伝わってくる。


「だから、師匠! お願いします! 弟子にしてくだい!」

「うっ……!」


 セリアは頭を下げて、俺にお願いしてきた。

 ここまで、見せられたら、俺も本当に揺らいでくる。

 

 弟子か。俺は、弟子をとって、上手くやれるのだろうか。

 俺もまだまだ未熟なのだ。未熟者が、セリアを一人前の剣士にすることなんて、できるのだろうか。


「……師匠に見てもらいたいものがあるんです。庭に出てくれますか?」

「庭?」


 俺が悩んでいると、セリアがそう言ってきた。


「……わかった、行こう」


 意図は読めないが、とりあえず庭に向かうことにする。




◇◇◇




 俺とセリアは、中庭に来ていた。


「ここで、何をするつもりなんだ?」

「はい、師匠ともう一度手合わせしたいんです」


 俺の質問に、セリアはそう答えてくる。

 手合わせか。でも、セリアの実力は、前の戦いで大体理解している。

 今更、何を見せてくれるのだろうか。


「師匠、ボクに攻撃してきてください……」

「攻撃?」

「はい、ボクに師匠の攻撃を、受け止めさせて欲しいんです」


 なるほど、今度は俺から仕掛ける訳か。

 もしかすると、家系の防御が主体の剣術を見せてくれるのだろうか。


 だが、それが嫌で俺に弟子入りしたいと言っているのに、使うのはおかしな話のような気はするな。

 

 まあ、いい。何かはわからないが、とりあえずやってみるか。


「よし、なら構えてくれ」

「はい!」


 俺とセリアは、ほぼ同時に構える。


「いくぞ!」

「はい!」


 そして、俺はセリアに対して斬りかかった。

 セリアは、俺の刀を剣で防ぐ。


「うん? これは!? まさか!?」

けん! りゅうすい!」

「うっ!」


 俺の刀は、セリアによって逸らされてしまった。

 それは、俺がゴガッサさんとの戦いで使った技によるもの。


「師匠……これが、ボクの思いです」

「なっ……!」


 俺の技を、一度見ただけで真似たということか。

 なんて、才能なんだ。


「あの技を見てから、ずっと自分で考えて練習していたんです……」


 いや、才能だけではない。

 俺の剣技に憧れて、それを自分も身につけたいと思い、努力したのだろう。

 その思いの強さこそが、セリアにこの技を身につけさせたのだ。


「ボクを……弟子にしてくださいませんか?」


 セリアは、その両の眼で俺を見つめてくる。

 そこまで、俺の弟子になりたいのか。


「思いか……」


 そこで俺は、ファラエスから言われたことを思い出す。

 セリアは、今のこんな俺に弟子入りしたいと思ってくれているのだ。それは、とてもありがたいことなのではないだろうか。


 その思いを、俺は今、汲みたいと思ってしまっている。

 未熟者であろうと、なんであろうと、今の俺が導くしかないんだ。


「セリア……」

「師匠?」


 俺は、セリアの肩に手を置いた。


「お前の思い……確かにわかった」

「師匠……!」

「俺もまだまだ未熟者だ。だけど、お前を弟子にしたいと、思ってしまった。こんな俺に、どれだけのものが与えられるかわからないが……」


 俺の心は、セリアに射抜かれてしまったようだ。

 師匠として、どれだけのことができるかわからないが、とにかくやってみるとしよう。


「俺を、お前の師匠にさせてくれ」

「……はい! もちろんです!」


 セリアは、俺の呼びかけに大きな声で答えてくれた。




◇◇◇




 俺とセリアが、家の中に戻っていくと、ファラエスが待ち構えていた。


「終わったようだね……」

「はい!」

「いい結果だったようで、何よりだ。私も嬉しいよ」


 ファラエスは微笑みながら、セリアの頭を撫でる。やっぱり、セリア大好きだったのか。


「スレイド、君も折れてくれてようだね……」

「ああ……」


 ファラエスの笑顔が、俺に向けられて、思わず照れてしまう。

 

 それにしても、結果的に、ファラエスが望んでいたような結末になった訳か。


「ひょっとして、こうなることがわかっていたとかか?」

「いや、こうなって欲しいと思っただけさ。そのために、セリアも招いた。それだけのことさ……」

「なるほど……」


 まあ、そんな気持ちはしていた。なんだか、俺はファラエスに色々な意味で敵いそうにないな。


「まあ、とにかく、これからよろしくな、セリア!」

「はい! 師匠!」


 こうして俺には、弟子ができたのだった。

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