第10話 生活のために

「さて、今日の仕事も、これで終わりだね」

「ああ、隊長ってのは、こんなに書類を相手しなきゃいけないんだな」


 俺は、ファラエスの書類整理を手伝うことで、一日を終えていた。膨大すぎる量というのもあるが、そもそも俺が慣れていないということから、時間が掛かってしまったのだ。


「悪いな、あんまり役に立てなくて……」

「いや、君は大したものさ。私の指示をきちんと聞いて、すぐに飲み込んでいったからね」


 ファラエスはそう言って、俺を擁護してくれる。本当に優しさに溢れており、俺は頭が下がった。


「さあ、今日はもう帰ろうか」

「ああ」


 俺は、現在ファラエスの家に居候している。そのため、帰り道も一緒になるのだ。


「なんだか、変な感じだな……」

「ふふ、確かにね。でも、こういうのも悪くないだろう?」


 まあ、確かに一人で帰るよりも、二人で帰る方が安心というか、楽しいかもしらないな。


 そんな話をしながら、俺とファラエスは帰るのだった。




◇◇◇




 俺とファラエスは、特に何事もなく家に着いた。

 騎士団の拠点とファラエスの家は、結構近場にある。そのため、そんなにも時間もかかっていない。


 家では、クレッタが料理を作って待っていたらしく、すぐに夕食となった。今日一日、色々あって、腹も減っていたため、丁度良い。


「さあ、お嬢様、スレイドさん、どうぞ召し上がってください」

「ありがとう、クレッタ。それじゃあ、いただきます」

「いただきます」


 そう言って、クレッタの作った料理を口に運ぶ。相変わらず、とても美味い。


「にしても、スレイドさんが正式にここで暮らすことになったんですよね」

「うん、そうだけど、どうかしたのかい?」


 食事の中、クレッタが何か疑問に思ったらしく、そう言ってきた。俺とファラエスはよくわからず、少し首を傾げる。


「だとしたら、男性用の服なんか買わないといけませんよね。家には、ほとんど女性物しかありませんから……」

「……確かに、そうだね」

「ああ、俺も考えてなかったが、それもそうだな」


 俺とファラエスは、ほぼ同時にそう言った。昨日は、家に残っていたファラエスの父親の服を借りたが、ずっとそのままでは、無理があるだろう。


 俺の服は一着しかなく、昨日はクレッタに急いで洗ってもらい、朝まで乾かすことで、今日着ている。だが、この方法は、ずっと使えない。


「なるほど……それでは、服などを買った方がいいようだ。費用は、こちらで負担しよう。入団祝いだ」

「いいのか?」

「もちろんさ」

「……ありがとよ」


 俺は、ファラエスの厚意に甘えることにした。こういう時は、遠慮しないようにするのが、師匠の教えだ。


「では、善は急げで明日早速、服屋に行こうか?」

「え? 明日? 仕事はいいのかよ?」

「ああ、書類整理はしたし、部下に指示も出してある。何も問題もないさ」


 ファラエスの発言は、意外なものだった。そういう規則というものには、厳しい人間だと思っていたが、違うのだろうか。


「騎士というのは、結構自由なんだ。任務がなければ、特に制限はない。鍛錬していても、休息していても、買い物していてもいい」

「そうなのか……」

「最も、午前で終わらせて、すぐに拠点に向かうけどね。隊長故に、あまり理由なく開ける訳にはいかない」


 どうやら、自由な騎士でも隊長は忙しいようだ。それでも俺に付き合ってくれるのだから、感謝するしかないな。


「ありがとうな、俺のために苦心してもらって……」

「いいさ。私が好きでやっていることなんだから」


 そんな話をしていると、クレッタが笑みを浮かべて話し始めた。


「お嬢様……それって、デートですか?」

「クレッタ、君は何を言うんだ……」

「デートですよね」


 クレッタの言葉に、ファラエスは頭を抱える。クレッタは、悪戯っ子のような笑顔で、言葉を続けた。


「だって、二人でお出かけですよ! これはデートでしょう!?」

「……なんとでも言うといいさ。そんなこと言われたって、私はなんとも思わない……」


 ファラエスは、相手にしないように決めたようだ。


「じゃあ、スレイドさん……これって、デートですよね?」

「え?」


 その様子に、俺が笑っていると、クレッタがこちらを標的にしてきた。しまったな、ファラエスに効かないとなると、必然的に俺になるのか。


「いや、それは……」

「答えてくださいよ、ねえ……」

「スレイド、相手しないでいいよ」


 クレッタはそれからしばらく聞いてきたが、やがて終わっていった。どうやら、俺の困惑する様を楽しんでいただけらしい。いい性格してるな、まったく。


 そんなこんなで、俺の一日は終わっていった。




◇◇◇




 次の日、俺はファラエスに町を案内された。


「へえー、ここが服屋か」

「ああ、品揃えは保証するよ」


 どうやら、ファラエスは常連客のようだ。


「おお……」


 早速、中に入ってみると、何着もの服が並んでいた。疑っていた訳ではないが、本当に品揃えがいいらしい。

 もしかしたら、女物しかない店に案内されるのではないかと思っていたが、ちゃんと男物もあった。いや、ファラエスがそんな間違いをするはずないか。


「さあ、君に似合う服を適当に選んでいこうか」

「ああ、わかった」


 そう言いながら、俺達が服を見ようとしていると、周りから声が聞こえてきた。


「ファラエスさんが、男の人を連れている……」

「何者なのかしら? あの男……」


 騎士団でなくても、ファラエスは女性からの人気がすごいようだ。俺には、明らかに敵意の混じった目が向けられており、なんだか居心地がとても悪い。


「……すまない。私のせいで……」


 ファラエスも、俺に向けられている敵意に気がついたのか、謝罪してきた。しかし、何度も言うが、ファラエスに非はまったくない。


「いいさ。要は、それだけあんたが人気者だということだろう」

「……人気者か。それも考えものなのかもしれないね……」

「そんなことはない。慕われてるってことは、その人がいい人であるという証拠さ。まあ、ちょっと敵意は辛いが、俺みたいな身元不明じゃ、仕方ない」


 俺がそう言うと、ファラエスはなんだか悲しそうな表情になった。


「……君がいい人だということは、私が知っている。だから、その……あまり自分を卑下しないでくれ」


 どうやら、俺が何気なく言った言葉に心を痛めてくれたようだ。なんというか、そういう優しさは、身に染みるもんだな。


「ありがとよ。だけど、別に自分を卑下しようなんて気はないさ。言葉の綾みたいなものだ」

「……そうか、それならいい……のかな?」


 そんなこともありながら、俺とファラエスは買い物を続けていった。




◇◇◇




 俺は、服などの日用品の買い物を無事に終えることができた。これで、生活は大丈夫そうだ。


「さて、それじゃあ、拠点に向かうとしようか」

「ああ、それはいいけど、一つ聞いてもいいか?」

「うん? 何かな」


 騎士団の拠点に向かう中、俺はファラエスに疑問を投げかけた。


「騎士の仕事は、任務の遂行ってことらしいが、俺はいつ任務を命じられるんだ」

「そのことか……そうだね、気になるのも当然だ」


 俺は、まだ任務についてはほとんど知らない。だから、それが気がかりで仕方なかったのだ。


「まず、任務なんだが、騎士は一人で行動する訳じゃないんだ」

「団体行動ってことか」

「そうだね。それで、君は急に私がスカウトしたものだから、組める相手がいなくてね。だから、もう少しだけ私の付き人として頑張ってもらいたいんだ」


 なるほど、人員的に割り当てられないってことか。まあ、ファラエスの手伝いも悪くないし、今はそれでいいだろう。


「なるほど、わかったぜ。なら、これからもしばらくよろしくな」

「まあ、一応考えてはあるから、そこは楽しみ……というのもおかしいか」


 とりあえず、俺は当面書類と睨めっこすることになりそうだった。

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