第9話 隊長の悩み

 俺は、試験の後、医務室で治療を受けてから、隊長室に来ていた。

 部屋の主であるファラエスは、割と怒っているように見える。これは、俺が試験に合格したにも関わらず、試合を続けたためだろう。


「悪かった!」


 俺は、何かを言われる前に、頭を下げていた。こういう時は、すぐに謝るべきだと、師匠の一人から聞いたことがある。基本的にファラエスは優しいので、これで許してくれるはずだ。


「いや、怒らせてもらう」


 俺の心を読むように、ファラエスがそう呟いた。どうやら、浅はかな考えだったらしい。師匠め、恨んでやる。


「試験に合格したのに、試合を続ける……しかも君から攻撃するなんて、どうかしているよ! 危険だし、軽率だし、色々反省するように!」

「すみませんでした……」


 ファラエスは、本当に怒っているようだ。まあ、自分でもあの行動は怒られるだろうと思ってはいた。そのため、これは仕方ないだろう。


「はあー、まあ、試験は合格したんだ。そこは、おめでとう」

「あ、ありがとう……」

「怪我は問題ないのかい?」

「ああ、体は丈夫だからな。すぐにでも動けるぜ」


 怪我については、多少打撲したが、それ程問題なかった。治療室で、回復魔法も受けたため、恐らくもう大丈夫だろう。


「何はともあれ、これで、君は晴れて騎士団に入団できたということだね」

「そうか……それも、そうだな」


 そうだった、俺はこれで騎士団の一員なのだ。怒られることばかり気にして、めでたい気持ちを忘れるところだった。そういえば、それで一つ気になることがあるな。


「俺って、四番隊になるのか?」


 俺を推薦したのはファラエスだが、配属もそれに準ずるものなのだろうか。そこは、聞いておかなければならないことだ。


「うん? ああ、そうだよ。私のスカウトだからね。そもそも、私に裁量の権利があるといっても、差し支えない」


 よく考えてみれば、目の前にいる人は、騎士団の責任者クラスの人間であった。その人物がスカウトということは、自身の隊に入れる目的以外にはないか。


「そうか、それじゃあ、これからもよろしくな……隊長」

「隊長……?」

「だって、呼び捨てにする訳にも流石にいかないだろ。隊員の前で、そんなことしたら、あんたの威厳がなくなってしまう」


 流石の俺でも、今まで通りファラエスと呼んだりするのはまずいと思った。隊員から舐められていると思われるのは、きっと嫌なはずだ。


「口調は、まあ、俺の方が年上ということでいいだろうけどな」

「そうかな? 私は、今まで通りでいいと思うけど……」


 ファラエスは、あまり気にしていないらしい。だが、その辺りくらいは、ちゃんとした方がいいのではないだろうか。


「あ、そうだ。それと、君はとりあえず、しばらくは私の家で滞在してもらうことになる」

「え? 他の家とかないのか?」

「君は、記憶喪失という設定だからね。野放しにはできないんだ。だから、私が引受人となって、君の同行を監視する形になる」


 なるほど、正体不明を野放しにできないから、信頼の厚い騎士団隊長に預けるという訳か。まあ、別に俺としては悪い提案という訳でもない。


「ああ、家賃として少し君の給料から引かせてもらうけど、それでもいいかな?」

「もちろん、俺としてもそうしてくれた方が助かる」


 無償で居候するのは、居心地が悪いため、それはむしろ俺から言いたいくらいのことだ。


「よし、ならそれでいいね。それで、これから騎士団の仕事を説明するけど、大丈夫かい?」

「ああ、よろしく頼む」


 騎士団の仕事は、正直魔物を倒すことくらいの認識しかない。これは、聞いておくべき重要なことだろう。


「といっても、基本的には魔物と戦うくらいの認識で大丈夫なんだけどね。他にもいろいろあるけど、それで大丈夫だよ」


 俺の認識は、正しかったようだ。


「まあ、任務を与えられてそれをこなす、仕組みは簡単なものさ。実行するのは、難しいかもしれないけどね」

「なるほど……」


 とりあえず、任務で魔物を倒すというのが、騎士団の仕事らしい。わかりやすくて、俺としては助かるな。


「さて、次に、施設内を案内しようか。ついて来てくれ」

「ああ」


 そう言って、俺はファラエスとともに隊長室を後にした。




◇◇◇




 ファラエスに、騎士団の拠点内の色々な場所を案内されているのだが、一つ気になることがあった。


「なあ、隊長……」

「え? ああ、なんだい?」

「なんか、視線が痛いんだが、俺って何かしたのか?」

「あ、それは……」


 俺が質問すると、ファラエスの表情が少し曇る。何か、まずいことでも聞いたのだろうか。


「いや、実は……私のせいだと思うんだ」

「隊長のせい? どういうことだ?」

「……薄々、気づいているかもしれないが、私は女の子に、その好意をもたれやすくてね」


 ああ、なるほど。確かに、ファラエスは女の子からモテそうな感じだ。お姉様と呼ばれそうになったこともあるらしいし、そういうことなんだろう。


「だから、私がスカウトした君と歩いているから、嫉妬の眼差しを向けられているんだと思うよ。すまないね……」

「いや、別に隊長のせいじゃないんだ、気にするなよ」


 これに関しては、どうしようもないことだ。気にしないこと以外に、対処する方法はないだろう。


「……どうして私は、こうも女の子からモテるのだろうか? そんなに男っぽいかな?」


 ファラエスは、ふとそう呟いた。どうやら、悩んでいるようだ。

 俺から見れば、ファラエスは充分すぎる程に、女性らしいと思う。まあ、山育ちの俺の言葉なので、信頼性はそこまでないかもしれないが。だが、言わないよりはいいだろう。


「そんなことないさ。隊長は、充分に魅力的な女性だと、俺は思うぞ」

「えっ……!」


 俺の言葉に、ファラエスは笑顔を見せてくれた。少し気恥ずかしかったが、言ってよかったかな。


「さ……参考として、どういう面が女性らしいか、聞いてもいいかな?」


 俺がそんなことを思っていると、ファラエスが聞いてきた。どういう面といわれると、色々あるだろう。だが、そこで俺が一番に思いついたことは、思いつくべきではないことだった。


「……」

「うん? 君はどこを……」


 俺の視線は、ある一転を自然に見つめている。それを、ファラエスも感じ取ったようだ。


「……見ているんだ、まったく……」

「いや、違うんだ」


 ファラエスは、胸部を手で隠すようにする。


「女性らしいと聞いて、無意識に見てしまっただけなんだ。許してくれ」

「違わないだろう……いや、確かにそうではあるんだが……」


 これ以上この話題を引っ張ると、双方に利益がないため、やめることになった。




◇◇◇




 その後、俺は騎士団の拠点地を案内され、隊長室に戻っていた。


「さて、これで大体はいいかな?」

「ああ、ありがとう」


 先程の件で心配していたが、ファラエスの機嫌は、そこまで悪くなっていないようだ。


「うーん、後はどうしようかな……」

「えっ?」

「いや、任務がない間、何をしてもらおうかと思ってね」


 なるほど、案内が終わったら、次は仕事か。まあ、雑務でもなんでもやるつもりだし、なんでもいいのだが。


「肩でも揉んでもらおうか……?」

「おい、おい……」

「冗談さ。ちょっと、書類の整理を手伝ってくれるかい? 君のことにかかりきりで、少々仕事が溜まっていてね」

「ああ、それなら大丈夫だ」


 俺のために溜めてしまった仕事なら、手伝うしかないだろう。すると、ファラエスが書類を渡してきた。


「これを……」


 しかし、ファラエスは一度そこで手を止める。何か問題だろうか。


「よく考えると、君は私達の言葉を、普通に理解しているんだね……」

「ああ、確かにそうだな……」


 俺とこの世界の住人が使う言葉は、何故か同じだった。今まで疑問に思っていなかったが、これは幸いなことだな。


「書類も読めるのかな?」

「ああ、問題ない」


 書類に目を通したが、こちらも理解できる。どうやら、何から何まで同じようだ。

 考えてみれば、それ以外も元の世界とそこまで差がなかった。神様がよく似た世界を選んでくれたのだろうか。


「俺がいた世界と、隊長の世界は、よく似た世界だったんだな……」

「そのようだね……しかし、スレイド、一ついいかな?」

「なんだ?」


 俺の言葉に、ファラエスは頭を抱えた。また、どうしたというのだろうか。


「隊長呼びはやめてくれないかな? 公の場では、その必要もあるかもしれないが、二人きりとか、家にいる時とかは、名前呼びにして欲しいんだ」


 ファラエスが呼び方一つで、ここまで言うとはな。まあ、そこまで言うなら、俺も気にしないことにしよう。


「わかった、ファラエス。これでいいか?」

「ああ、その方が違和感もなくていい」


 ファラエスはそう言って、笑ってくれた。よく考えてみると、この笑顔こそ、女性らしい魅力なのではないか。いや、この笑顔は女の子にも有効かもしれない。

 そのことを口にしようかと思ったが、今言うことではない気がしたので、やめておくか。


「さて、それじゃあ、仕事を始めようか」

「ああ、任せておけ」


 こうして、俺はファラエスを手伝うのだった。

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