第8話 試合の決着

 ゴガッサさんの提案で、試験は合格したが、試合は継続することになった。俺にとっては、とてもありがたい提案だ。

 ゴガッサさんのような、強き者と戦えるのは、願ってもないことである。よって、俺は続行の提案に乗ったのだ。


 しかし、これに異を唱える者が、一人いた。


『ゴガッサさん! 試験に合格なら、さっさと試合を終わらせてください!』


 それは、ファラエスだ。彼女は、解説者という立場も忘れて、声を荒げていた。


「ファラエス隊長……俺だって、戦士の端くれなんです。このような強者と戦ってみたいと思ってしまうんですよ」

『ゴガッサさん! あなたは試験官なんですよ!? 審査する立場の人間が、一時の感情で、物事を進めないでください!』


 言っていることだけなら、ファラエスの方が正しい。しかし、俺もゴガッサさんも、戦いをやめるつもりなど、毛頭なかった。


「ファラエス! 止めないでくれ! 俺達は戦わなければ、納得できないんだ。もうこれは、試験とかじゃないんだ!」

『スレイド!? 君も何を言っているんだ!? 合格したんだ! それでいいじゃないか!?』

「あんたにだってわかるはずだ! 譲れないものが――」


 俺は身を翻し、ゴガッサさんに斬りかかる。


「――ある!」

「ふん!」


 ゴガッサさんは、いとも簡単に俺の一撃を受け止めた。それも当然だ。俺の攻撃は、とても遅く浅いもの。だが、これは試合続行の合図になるのだ。


「そうこなくてはな……」

「もちろんですよ……」

『ああっと! 試験に合格したスレイド選手が、ゴガッサ選手に斬りかかった!?』

『なっ! スレイド! 君は!』


 審判による試合中止の合図はない。どうやら、俺とゴガッサさんの戦いは続行するように判断されたようだ。


 ならば、ここは一旦下がらせてもらうとしよう。このままでは、次の攻撃に移れないからな。


『おお! スレイド選手、大きく後退!』

『……先程の一撃は、試合続行のための挑発です。それ以上の意図はありません。それは、お互いにわかっているため、ここは仕切り直しです』

『なるほど、確かに両者睨み合っております!』


 ゴガッサさんは、逃げる俺を追いかけなかった。二人の状態が、公平に戻るようにという意思の表れだろう。勝負は一度、ここで仕切り直しだ。


「ふん!」

『むむむ! ゴガッサ選手、スレイド選手が遠ざかったのを認識すると、ゆっくりと近づいていきます』

『何か仕掛けるつもりのようですね……』


 そこで、ゴガッサさんがどゆっくりと近づいてきた。今度は、向こうからくるようだ。


「この俺の得意技をお見せしよう」

「何……!?」


 ゴガッサさんは、大きく振りかぶった。何かの一撃が、行われようとしている。ならば、防御に集中することにしよう。


『ゴガッサ選手、大きく振りかぶりました。これは、もしや……』

『ええ、ゴガッサさんの得意技ですね……』

「ふうん!」

「くっ!?」


 ゴガッサさんは、そこから剣を振り下ろしてきた。当然、俺はその攻撃を受け止める。しかし、直後にこれが間違いであると思い知った。


「おおっ!?」

『あーあ! スレイド選手の体が、大きく吹き飛んだ!』


 俺はその衝撃に耐えきれず、体を後退させる。宙を舞いながら、俺は今の一撃を不思議に思った。


 確かに、ゴガッサさんの力は俺以上だ。だが、俺は完全防御の態勢をとっていた。なのに、俺は一切抵抗できず、吹き飛ばされたのだ。今の一撃はなんだというのか。


『あれが、ゴガッサさんの得意技……ごうけん


 その答えは、解説がもたらしてくれた。


『おお! やはり、あれこそがゴガッサ選手の伝家の宝刀! 剛剣だ!』

『あの技は、防御不能の攻撃といわれています。受けたのが、そもそもの間違いですね』


 なるほど、防御不能の技なのか。だが、そんなことがわかっても、脅威には変わらないな。


『ああ! スレイド選手、地面に倒れた!』

「ワン!」


 どうやら、カウントが始まったようだ。まずいな、すぐに立ち上がらないと。


「ツー!」


 ツーカウント目だが、俺の肉体は立ち上がってくれない。思っていたより、ダメージが大きかったようだ。


「スリー!」

「ぐうっ!」


 俺は気を引き締めながら、立ち上がり、刀を構えた。


『おおっと! スレイド選手、スリーカウント目で立ち上がりました!』


 いつまでも寝ていてはいられない。

 しかし、油断していると、本当にテンカウント経ってしまうな。もっと気合を入れて、立ち上がらなければならないようだ。


「立ち上がったか……」

「ゴガッサさん……」


 ゴガッサさんは、再び剣を上げて、俺を待ち構えていた。あの剛剣を、どうにかしなければならないか。


「俺の剛剣は、自身の全体重を剣に集中させる技だ。故に、並みの力では防御できんぞ……」

「……わざわざ、手の内を明かしてくれるなんて、優しいですね」

「わかったところで、どうにもならんのさ……」


 ゴガッサさんは、ゆっくりと俺に近づいてくる。


『さあ! ゴガッサ選手、ゆっくりと近づいていきます!』

『スレイドにできるのは、逃げることか、スピード勝負に持ち込むか、何にしても正面から受けるべきではないでしょう』

『なるほど! ならば、スレイド選手がどういう手を使うか、ここが見所でしょう!』


 解説はああ言っているが、俺はそのどちらもとるつもりはない。


「む!?」

『おおっと!? スレイド選手、腰を低くし、刀を構えたぞ!?』

『まさか、正面から受けるつもり……』


 俺がとったのは、受けの構えであった。剛剣を破るなら、これが一番のはずだ。


「ふん! 剛剣!」


 ゴガッサさんは近づくと、俺目がけて剣を一気に振り下ろした。


『ああっと! 剛剣が振り下ろされ、スレイド選手の刀に当たった!』

『いや、これは……!?』


 俺は、刀で剣をコントロールする。


けん! りゅうすい!」

「なんだと!?」

『ああ!? ゴガッサさんの剣が地面に突き刺さったぞ!?』

『あれは、受け流しですね。しかし、ゴガッサさんの剛剣に対して、これをできる者はそういません。一つ間違えば、逆に自身が切り裂かれます』

『な! なんという技術だ! スレイド選手! これは、ゴガッサ選手ピンチか!?』



 この技は、秘剣技流水。力の流れを変えることで、相手の攻撃を逸らす剣技だ。


 俺は、ゴガッサさんの剣が地面に突き刺さったのを見届けると、攻撃を開始した。


「おおっ!」

「くうっ!?」

『スレイド選手の攻撃を、ゴガッサ選手がぎりぎりで受け止めた!』

『なんとか、間に合ったようですが、劣勢は続きますよ』


 一撃目は受け止められたが、次の攻撃だ。俺は、別の角度から刀を振るう。


「おりゃあっ!」

「ぬううっ!」

『ゴガッサ選手、二撃目も受けとめたが、少しよろけているぞ!?』

『これは……』


 俺の攻撃で、ゴガッサさんは大きくバランスを崩していた。つまりは、隙だらけということだ。


「終わりだああ!」

「ぬううっ!」

『ああ!? 当たった! ゴガッサ選手、斬られてしまいました!』


 俺の刀は、ゴガッサさんを斬っていた。その体から鮮血が溢れるのを確認できる。

 ゴガッサさんは、ゆっくりとその場に倒れ込み、動かない。その痛みを必死に耐えているようだ。


「ワン! ……ツー! ……スリー!」

『無慈悲にカウントが進んでいきます! これはゴガッサさんの敗北でしょうか!?』


 恐らく、立ち上がるのは難しいはずだ。限界を迎えた体は、悲鳴をあげていることだろう。


 しかし、それでも――


「ぬうううっ!」

『なっ! なんと、ゴガッサ選手立ち上がりました!?』


――立ち上がってくるのが、騎士であるとでもいうのだろうか。


「まだ、やる気ですか……」


 俺は、刀を構えて、ゴガッサさんの攻撃に備える。しかし、次に出た言葉は想像していたものとは違った。


「いや……ギブアップだ……いい攻撃だった」

「ギブアップ……?」


 ゴガッサさんの口から放たれたのは、自らの敗北宣言であった。


『なっ! なんと! ゴガッサ選手から、ギブアップの宣言がありました! これによって、この戦い! スレイド選手の勝利となります! 皆さん! 大きな拍手で、両者をたたえてください!』

『……見事な戦いでした』


 まばらな拍手とともに、俺は勝利をたたえられる。どうやら、これで幕切れということらしい。

 やってきた医療班に、ゴガッサさんが運んで行かれる。俺も、入り口に戻るべきなのだろう。


「……勝ったのか」


 いまいち実感が湧かないが、俺は勝利したようだ。ゆっくりと、入り口の方に戻りながら、俺は拳を握り、天に掲げた。


『謎の男スレイド! その手を振り上げ、自らの勝利を示します! この男が今後、どのような戦いをするのか!? 我々は期待せざるを得ません!』


 これで、俺の試験及び試合は終了だ。これからは、騎士団の一員となる。そうすれば、さらなる強者にも出会えるだろう。俺は、そのことに胸を躍らせながら、闘技場を後にするのだった。

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