第5話 それぞれの気になること

 俺は部屋に案内された後、食卓につくことになった。今は、ファラエスと向かい合って、座っている。

 程なくして、クレッタが料理を運んできた。


「はい、お待たせしました。これはお野菜のスープですよ」

「おお、おいしそうだな……」

「ふふ、クレッタの料理は最高なんだ。是非、食べてみてよ」

「じゃあ、いただきます」


 野菜のスープをスプーンですくい、口に含む。


「うまい……」

「ふふ、そうだろう」


 俺が、素直な感想を言うと、ファラエスが満足気に笑っていた。


「子供の頃から、私は彼女の料理を食べているんだが、この料理以上のものを、私は知らないよ」

「へえー、そんな小さな頃から一緒なのか?」

「はい、私は昔からこの家に仕えていますから……あ、でもまだ二十二歳ですから、若いですよ」


 やはり、俺より年上のようだ。というか、見た目通りなので、そんなに焦る必要はないのではないだろうか。


「そういえば、スレイドの年齢を聞いていなかったね。よかったら、教えてくれないかな?」

「うん? あーあ、二十だ」


 答えてから、記憶喪失設定的に言っていいのかと思ったが、クレッタは特に気にしていないようだ。なら、大丈夫だろう。


「そうだったのか。私より、一つ年上だったんだね……」

「えっ?」

「うん?」


 俺が思わず困惑の声をあげてしまったため、ファラエスが怪訝そうな顔をした。これはまずい気がする。


「君は……私を年上だと思っていたのかな?」

「い、いや……」

「やっぱり、老けて見えるのか? これでもまだ十代なんだが……」


 怒っているような、悲しいんでいるような顔で、ファラエスがそう言ってきた。だが、老けて見えたという訳ではないのだ。


「た、確かに年上に見ていたのは確かだ。だが、老けて見えた訳ではない。なんとなく、大人っぽく見えたんだ。ほら、佇まいとかきちんとしてるからさ」


 なんだか、言い訳のようになってしまったが、これが俺の所感である。


「そうか……それなら、悪くないのかもしれない」


 すると、ファラエスは少し照れたような顔になった。どうやら、俺の真意が伝わったようだ。


「よかったですね、お嬢様!」

「ああ」


 クレッタの言葉に、ファラエスはゆっくりと頷いた。落ち着いたようで、元の様子に戻っている。


「というか、やっぱりって、俺以外にも言われたことがあるのか?」


 そこで俺は、そう疑問に思ったので聞いてみた。やっぱりということは、前例があったのだろうか。


「ああ、実は、年上の女性に、お姉様と呼んでいいかと言われたことがあってね……」

「そうなのか……」


 ファラエスは、頭を抱えながらそう言った。なるほど、それは確かに辛いものがあるな。


「しかも、年下だと言ったら、それでもいいと言われたんだ。あの時は、驚いたよ……」

「ええ……」


 それは最早、見た目の話ではないのではないだろうか。しかし、なんというか、また落ち込ませてしまったようだ。ここは、フォローしておこう。

 

「ま、まあ、頼りがいがあるってことだよ、きっと!」

「そうだといいんだけどね……」


 ファラエスの悩みは尽きないようだった。だが、俺の言葉で少し元気を取り戻してくれたようだ。


「……食事中にこんな暗い話はやめよう。クレッタ、どんどん運んでくれるかな?」

「はい、お嬢様」


 そんな話をしながら、俺とファラエスは食事を続けるのだった。




◇◇◇




 食事を終えた後、ファラエスが俺に話しかけてきた。


「スレイド、食事も終わったところで、お風呂についてなんだが……」


 どうやら、風呂について聞きたいらしい。なら、俺は最後でいいはずだ。


「うん? 風呂か……それなら最後でいい、二人が先に入ってくれ」

「ふふ、そうかい? なら、その言葉に甘えるとしようか」


 俺は師匠の一人から聞いたことがあった。こういう時は、後に入るべきであると。


「それじゃあ、私達が先に入るから、入り終わったら、クレッタに伝えさせよう」

「ああ」


 そう言った後、思い出した。今日の感謝を伝えていかなったことを。このタイミングなら、きっと正しいはずだ。


「ファラエス、ちょっといいか?」

「うん? なんだい?」

「いや、今日は本当に色々世話になったな。ありがとう、感謝する」


 俺の言葉に、ファラエスは笑顔を向けてくれた。


「いや、いいのさ。それに、君にはこれから、色々と働いてもらうからね。そっちの覚悟をしておいてくれ」

「それはいいが、まあ、まず試験を突破しなければならないけどな……」

「ふふ、それなら心配ないよ。君なら絶対に合格できる。私が保証するよ」


 そう言って、何故かファラエスの方が自信あり気だ。まあ、俺も受かるつもりではいるんだが。

 

「あんたがそう言うなら、きっと大丈夫なんだろうな」

「ふふ、君も自信を持つといい」


 それだけ言って、ファラエスは去っていった。恐らく、風呂に入るんだろう。とりあえず、俺は部屋に戻るとするか。




◇◇◇




 俺が部屋でくつろいでいると、ドアを叩く音が聞こえた。恐らくは、風呂があいたという知らせだろう。

 ドアを開けると、そこには予想通り、クレッタがいた。


「あ、スレイドさん、お風呂お先でした」

「ああ、ありがとう」


 やはり、俺の予想通りだったようだ。しかし、クレッタはそれを伝えても、動こうとしなかった。何か問題でもあるのだろうか。


「どうかしたのか?」

「あ、いえいえ、少しお顔を見ていたんですよ」

「顔を? 何かついているか?」


 俺がそう言うと、クレッタはにっこりと笑った。


「そうじゃないんです。ただ、お嬢様があなたのことを、気に入っているみたいなので、私も興味があるんです」

「俺が気に入られている? そうなのか?」


 ファラエスは確かによくしてくれるが、それは彼女が優しいからではないのだろうか。


「ええ、なんとなくですけど。そうじゃなければ、家に連れて来たりしませんよ。それが、男であろうと女であろうと」

「そうなのか……?」


 そう言われると、なんだか嬉しいな。だけど、俺は別に気に入られるようなことはしてないと思う。


「ええ、私としてはそれが嬉しいんですよ。だって、信頼できる人が増えるのは、いいことですから」

「まあ、そりゃあそうだな」

「だから、私もあなたのことを信じることにします」


 唐突に、クレッタはそう言った。こちらに関しては、まだ数える程しか話していないのだが。


「お嬢様が信じる人なら、それが私の信じる人なのです。だから、これからも仲良くしてくださいね」

「ああ、それはもちろん」


 クレッタは、ファラエスのことを相当信用しているようだ。だが、考えてみれば、俺もファラエスのメイドだという理由で、彼女のことを信用していた。これは、お互い様なのかもしれない。


「お嬢様はああ見えて、繊細な方です。良かったら、気に掛けてあげてください」

「そうなのか、それなら、何ができるかわからないが、任せてくれ」

「ありがとうございます。では、私はこれで……」


 それだけ言って、クレッタは去っていった。ファラエスのことが、本当に大事なんだろうな。きっと、ファラエスもそれは同じはずだ。


「ま、風呂に入るか」


 俺は、とりあえず風呂に入ることにした。




◇◇◇




「ふー」


 風呂も終えて、再び部屋に戻った俺は、ベットに倒れた。思えば、今日は色々なことがあった気がする。


 向こうの世界とこっちの世界の時間関係はわからないが、感覚的には、今日山から下りて、この世界に来たという感じだ。


「考えてみると、なんかすごいなあ……」


 向こうの世界で絶望していた俺は、もういない。こちらの世界で、強者と出会えたのだから、迷う理由などないのだった。


「明日は、騎士団の入団試験か……どんなのなんだろうか」


 入団試験がどういうものかによって、結果は変わってくるだろう。頭を使うものなら、厳しいが、ファラエスの自信からして、実力試しなのかもしれない。


「考えても仕方ないか……」


 全ては明日になったら、わかることだ。今日考えても意味はないだろう。


「不安なのかもな……」


 この世界に来られたことは、幸福だった。しかし、右も左もわからない世界で、ちゃんとできるかどうか、俺は不安なのだろう。そんな感情、今までほとんど感じたことはなかったのにな。


「俺はこの世界で……何ができるんだろうな」


 この世界で、強い者と戦いたいという思いはある。だが、それだけでは駄目なのかもしれない。騎士になるというなら、俺は意識を変える必要があるはずだ。なんだかファラエスと話していると、そう思ってきてしまった。


「……寝るか」


 寝る前に色々と考えてしまったが、さっさと寝るべきだ。今日の疲れをとって、明日の試験に備えなければならない。


 目を瞑ると、すぐに眠気がやってくる。やはり、疲れていたようだ。こうして、俺の意識は夢の世界に飛び立っていった。

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