第4話 隊長の家へ

 俺は隊長室で、ファラエスにこちらの世界に来た事情を話すことになっていた。しかし、ここで一つ問題があるのだ。


 俺が転生した経緯は、あまり気持ちのいいものではない。少なくとも、人に話せるようなことではないだろう。


 そのため俺は、とりあえず別の世界からやってきたことだけを伝えることにした。その部分が一番重要なので、これで問題はないはずだ。


「実は、俺は別の世界から来たんだ」

「別の世界? どういうことだい?」


 ファラエスは、首を傾げてしまった。まあ、いきなりこんなことを言って、すぐに信じてくれる人の方が珍しいだろう。


「実はだな……」

「実は?」


 そこで俺は、口を止めてしまった。格好つけたのはいいが、これ以上なんて説明すればいいんだろうか。


「なんて説明すればいいんだ?」

「おい、おい……」


 駄目だ、ファラエスに呆れられてしまった。とにかく、思いついたことを言ってみるしかないか。


「こことは別に……世界があるんだ。なんて言ったらいいか、俺にもわからないんだけど……とにかく、そこから来たんだ」

「世界がある? うん? うーん?」


 俺の勢いしかない説明に、ファリエスは首を傾げながらも、理解しようとしてくれていた。


「なんだか、難解な話みたいだね?」

「あーあ、そうなんだ」


 ファラエスは、説明が難しいということをわかってくれたようだ。ファラエスが、頭がいい人で本当によかったと思う。


「だが、君が嘘をついてないことだけはわかったよ。別の世界か……信じがたいが、そんなものがあるんだね」

「ああ、そうなんだ」

「それで君は、その世界から、事情はともかく、来たということか。それで、世界の事情なんかを知らなかったんだね」


 俺の事情を、ファラエスが噛み砕いて説明してくれた。俺の熱意だけでも伝わってくれたなら、幸いだ。


「ああ、そうなんだ。わかってくれて、嬉しいよ、本当に!」

「ふふ、それならよかった」


 そう言って、ファラエスは優しく笑ってくれた。その笑顔を見ていると、やはり俺の鼓動は早くなる気がする。


「それで、君は元の世界に帰りたいということかい?」


 しかし、そんなことを忘れさせる発言が、ファラエスから飛び出した。


 俺は元の世界では、既に死んだ存在だ。その世界に、もう帰ることはできない。元々未練などないが、これは説明しないと決めた部分だ。

 とにかく、適当誤魔化すしかないだろう。


「あ、いや、それは……もう帰れないんだ」

「え?」


 俺がそう言うと、ファラエスは悲しそうな顔になった。


「それは、すまなかったね」

「いや、いいんだ。俺の中で踏ん切りはついてるんだ」

「そうか……」


 この話は、あまり長引かせたくない。俺も話しにくいことだからだ。察してくれたのか、ファラエスはそれ以上追求しないでくれた。


「さて、君の事情もわかったことだし、そろそろ……」


 そして、そう言って、話を終わらせようとしてくれる。俺の心は感謝でいっぱいだった。

だが、お礼のタイミングは先程外したので、考えることにしよう。


「あっ!」


 だが、そこで、ファラエスは大きく声をあげた。何か問題でもあったのだろうか。


「しまった。私としたことが、宿のことを考えていなかった……」

「あ、そういえば、俺も気にしていなかったな……」


 よく考えてみると、俺は泊まる所がない。いや、よく考えなくてもないか。


「どこか、宿とかあるんじゃないのか?」

「うーん、それでもいいけど、私の家でもいいかな?」

「えっ……?」


 そこでファラエスは、思わぬ提案をしてきた。それは流石に、まずいのではないだろうか。


「い、いいのか、それって?」

「うん? ああ、構わないよ。私の家は広いし、一人暮らしじゃないんだ。それに、君は信頼できる人物だとわかっているからね」

「ま、まあ、それなら俺はいいんだけど……」


 俺としては断る理由もないため、ファラエスの提案に乗ることにする。ということで、俺はファラエスの家へと向かうことになった。




◇◇◇




 俺は、ファラエスに連れられて、彼女の家まで来ていた。


「ここが、家なのか……」

「ああ、そうだけど……何か変かな?」


 ファラエスの家は、とても大きい。もしかして、お金持ちなのだろうか。いや、騎士団の隊長なのだから、それは当然かもしれない。名家の出身とかの可能性もある。


「ただいまー」

「お、お邪魔します?」


 ファラエスが入ったので、俺もそれに続いた。中も、もちろん広い。


「あ、お帰りなさいませ、お嬢様……あれ? そちらの方は?」


 そして、ひらひらした服を着た女性が、出迎えていた。明るい茶髪で、俺より少し年上くらいに見える。


「ただいま、クレッタ。こっちは、記憶喪失のスレイドだ。泊まる所がないんで、しばらく家に泊めてあげようと思ってね」


 ファラエスはそう言って、俺を紹介してくれた。どうやら、俺のことは、記憶喪失設定で押し通すらしい。


「スレイド、こっちはメイドのクレッタだ」

「ええと、よろしく」

「はい、よろしくお願いしますね」


 クレッタは深く一礼して、そう言った後、ファラエスの側に寄った。さらに、悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、ファラエスに言い放つ。


「お嬢様が男の人を連れてくるなんて、初めてですね。ひょっとして、彼氏さんとか?」

「君は話を聞いていないのかい? 記憶喪失だから保護しただけだよ」

「えー、けど、どうして家に連れてくるんですか?」

「……夕食にしようか。準備してきてくれないかな? スレイドは私が案内するから……」


 ファラエスにそう言われ、クレッタは残念そうな顔をし、家の奥に去っていった。ファラエスを、そんなにからかいたかったのだろうか。


「すまないね。彼女はいつもあんな風なんだ……」

「ああ。それにしても、お嬢様とはな。あんた、名家の生まれだったのか?」

「いや、そういう訳でもないんだが……」


 俺がそんなことを聞くと、ファラエスは少し顔をしかめた。何かまずいことを聞いてしまったのかもしれない。


「悪いな、なんか変なことを聞いてしまったみたいだな……」

「あ、いや、違うんだ。君は悪くないよ。そう思うのも当然だろうしね」

「いや、話にくいなら聞かないさ」


 俺の言葉に、ファラエスは首を横に振った。どうやら、話してくれるようだ。


「この家は、私の両親が買った家でね。二人とももう亡くなっているんで、それを思い出してしまったんだ」

「そうだったのか……」

「二人は、別に名家という訳ではないから、質問の答えはいいえになるかな」


 なるほど、両親の代から始まったという訳か。しかし、どの道悪いことを聞いてしまったな。悲しいことは、思い出したくないはずだ。俺だって、師匠達の死に際は思い出したくない。


「すまないな……そんなことを思い出させてしまって」

「構わないよ。別にいいんだ」


 なんとなく、空気が重くなった気がする。だが、ファラエスが放った次の言葉が、話題を変えてくれた。


「暗くなってしまったね。もうすぐ、夕食だ。いっぱい食べて、お互いに元気を取り戻そうじゃないか」

「ああ、そうだな……」


 これ以上長引かせないため、俺はファラエスの言葉に乗ることにする。そして俺は、ファラエスに家を案内されるのだった。




◇◇◇




「さて、ここが君の部屋だ」

「おお、広い部屋だなあ……」


 客室に案内された俺は、思わず感嘆していた。やはり大きな家なので、部屋も広いようだ。


「ふふ、広い家だけど、部屋というか、スペースはすっかり持て余しているんだ。この部屋も、普段使っていないしね」

「この家には、二人だけで住んでいるのか?」


 クレッタ以外、人の影も形もなかったので、俺はそう思っていた。ファラエスの口振りから考えても、恐らく間違っていないだろう。


「ああ、私とクレッタの二人暮らしさ」


 やはり、俺の推測は間違っていなかったようだ。


「さて、荷物……といっても、君は刀以外持っていないか」

「……言っておくが、この刀を離すつもりはないぞ」


 この刀は、俺の魂であり、師匠達の形見でもある。それを、どこかに置いていくのは気が引けた。ファラエスも、それは察してくれていたようだ。


「ああ、それでいいよ。なら、食事に向かおうと言いたいが、その前に、私の部屋に寄るけど、構わないかな?」

「うん? ああ、構わないぜ」


 そうして、俺はファラエスについていった。


 しばらく歩いた後、ある部屋の前で、ファラエスが立ち止まる。どうやら、ここがファラエスの部屋らしい。


「さて、少しだけ待っていてくれ」


 そう言って、ファラエスは部屋の中に入っていった。

 

 少し時間が経った後、ファラエスが部屋から出てくる。その服装は、先程までよりも軽装になっていた。家に帰ったのだから、騎士団の服装を脱いだのだろう。


 俺はその姿に、胸が高鳴るのを感じた。ファラエスと関わっていると、なんだかこうなることがある。それは、何故なのだろうか。


「さて、行こうか」

「あ、ああ……」


 俺がそんなことを考えていると、ファラエスがそう言ってきた。気にしても仕方ないので、俺はそれに続く。

 こうして、俺はファラエスの案内で、食事に向かうのだった。

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