第2話 異世界に辿り着いて

「はっ……!」


 目を覚ますと、そこは草原であった。

 先程まで、俺は神様と話していたはずだ。その時、次に目覚めると異世界だと言われていた。つまり、ここは異世界なのだろう。


「いてっ!」


 頬をつねってみると、確かな痛みを感じる。どうやら、全て夢などではなく、現実のようだ。


「……どうしよう?」


 状況を理解して、最初に、俺はそう思った。異世界に来てからどうするか、俺は考えていなかったのだ。

 周りを見渡してみると、緑が広がっている。とりあえず、辺りを歩いてみようか。そう思った俺は、早速歩き始めた。


 しばらく歩いてみると、街道らしきものが見えてきた。恐らく、町につながっているはずだろう。

 そう思い、俺が街道に沿って行こうとした時、歩いてくる団体が見えた。丁度良いので、道を聞いてみるか。


 俺は、団体の先頭に話しかけた。


「ちょっと、いいか?」

「何? あなたは?」


 答えてくれたのは、金髪で美人だが、何かきつそうな少女だった。年は、俺より少し下くらいだろうか。しかし、なんか不機嫌そうに見えるな。


「俺の名前はスレイド、ちょっと道を聞きたいんだが……」

「道? まあいいわ、答えてあげる」

「ここら辺で、一番大きな町は、どこにあるだろうか?」


 俺がそう言うと、金髪の少女は怪訝な顔をした。


「あんた、怪しいわね」

「何?」

「ちょっと、素性を言ってみなさい。住んでいるところはどこ?」


 何か怪しまれているようだ。いや、怪しいのは事実か。俺は、そもそもこの世界に住人ではなかったのだから。

 さて、どうしよう。住んでいる場所なんてない。とりあえず、適当に誤魔化すしかないだろうか。


「あーあ、その実は記憶が……なくてだな」

「記憶? 記憶喪失ということかしら。それなら納得できなくもないけど、名前はすらすら言えていたわね」


 先に名乗ったのは、失敗だったようだ。だが、まだなんとでも言える。


「名前だけしか、覚えていなかったんだ」

「ふうん、本当かしら?」


 女は、俺を睨みつけてくる。やっぱり駄目かもしれないな。だが、本当のことを言っても、納得してくれる訳ではないだろう。むしろ、そっちの方が怪しく思われそうだ。


「ソーナ、少しいいかな」


 そんな会話をしていると、団体の中心から白髪で背が高い女性が現れた。

 穏やかな雰囲気だが、その中に凛々しさのようなものも感じられる、美しい女性だった。髪が長く、胸も大きいが、中性的な顔立ちのためか、男性的にも思える。年は、俺より上くらいか。


「ファ、ファラエス隊長!? どうしたんですか……?」

「ああ、私に話させてくれないだろうか?」

「そ、それは構いませんが……」


 ファラエスと呼ばれた女性は、ソーナというらしい金髪の少女を下がらせて、俺に話しかけてきた。


「私は、聖道騎士団の四番隊隊長ファラエスだ。あなたのことを、聞かせてもらえるだろうか?」

「あ、ああ……騎士団?」


 ファラエスが言った騎士団という言葉が、俺は気になった。騎士団ということは、彼女達は騎士とうことだ。俺のいた世界にも騎士はいたようで、人々を危機から守る強き者達だと聞いていた。


「ちょっと、いいか?」

「うん? 何か問題でもあるのかな?」

「あんたが騎士だっていうなら、一つ俺と、手合わせしてくれないか?」


 俺の発言で、騎士団の者達は騒ぎ始めた。その中で、ソーナが俺に向かって突っかかってきた。


「あんた! いくらなんでも失礼じゃない! 急に現れて――」

「ソーナ、いいんだ」


 しかし、それをファラエスが遮った。


「スレイド、と言ったかな? 君の提案を受けようじゃないか」

「それは、ありがたい!」


 ファラエスは、俺の提案を受けてくれた。話が早くて助かるな。

 

「だが、街道で戦うなど、論外だ。場所を移そう」

「ああ、わかった」


 そうして、俺と騎士団はその場から移動した。




◇◇◇




 俺とファラエスは、周りに何もない草原で戦うことになった。周囲は、騎士団の団員達に囲まれていた。

 俺が、刀を抜くと、ファラエスは興味深そうにそれを見つめていた。


「刀か……珍しいね」

「そうなのか。俺は、これがお気に入りでね」

「なるほど、面白い戦いになりそうだ……」


 そう言いながら、ファラエスは笑っていた。もしかしたらファラエスは、俺と同類なのかもしれない。なぜなら、その笑顔から、強い者と戦いたくてしょうがないという感情が読み取れたからだ。


「ああ、一応確認しておくけど、命をとるような攻撃や、重症になるような攻撃はしないように。あくまで手合わせだからね」

「ああ、心得ているぜ」


 この勝負は、互いに相手を仕留められる状況になれば勝利というルールである。命の取り合いではなく、実力を確かめるためのものなので、後に残るような攻撃も当然なしだ。


「ふふ、それはよかった。さて」


 ファラエスが剣を抜き、両者交戦の準備が整った。


「いこうか!」

「ああ!」


 二つの刃が重なり合って、大きな音が辺りに響いた。


「おお!」


 そこで俺は、感嘆の声をあげた。ファラエスの実力が、わかったからである。前の世界で戦ったディクシアとは比べるまでもない。

 彼女の実力は、俺と同等、いや俺以上に思えた。


 次の攻撃はどうくるか、俺達はお互いに読み合った。その思考時間は、一秒にも満たないほど一瞬である。


 そして、結果的に次の一撃で決着がつくことになった。


「はっ!」

「ぐっ!」


 ファラエスの一撃で、俺は持っている刀を弾かれ、落としてしまった。つまり、俺が敗北したということだ。

 勝負から決着まで、わずか二秒の出来事だった。


「……ふふ」

「……ははは」

「……くく」


 その決着の早さに、周囲の騎士達は、数秒静まり返った後、笑い始めた。恐らく、俺の弱さを嘲笑しているんだろう。


「ふふ、あんた、あれだけ調子に乗っていて、この程度なの? 笑えてくるわね」


 ソーナが、煽るようにそう言ってきたが、今の俺には、周囲の笑い声もその言葉も気にならなかった。


「……素晴らしい」


 俺は、ファラエスの実力に感動していた。俺よりも強く鋭いその剣技は、前の世界では得られなかったものだ。この世界には、俺よりも強い者がいる。その事実が、俺を奮い立たせていた。


「うん?」


 そう考えていた俺の前に、突如、右手が差し出された。それは、ファラエスの手であった。


「握手しよう。見事な戦いだった」

「ファラエス隊長!? そんな奴と手を握るなんて……」


 そんな様子を見て、ソーナが止めに入ってきた。すると、ファラエスは悲しげな顔を見せる。何か思うところがあるようだ。


「ソーナ、いや、この場にいる四番隊の全員が何もわかっていないようで、私は悲しいよ……」

「ファラエス隊長……?」

「彼の実力は、この場にいる私以外の全員以上であるというのに、誰もそれを見抜けないなんてね……」

「えっ……?」


 ファラエスの言葉に、ソーナは目を丸くして驚いていた。


「彼と私の間でさえ、見た目ほど大きな実力差があった訳じゃない。ほんの少し、私が読み勝っただけに過ぎない」

「そ、そんな……」


 それだけ言って、ファラエスは再び俺に目を向けてきた。視線で、握手を促しているのがわかる。俺にそれを断る理由などなかった。


「そっちこそ、すごかったぜ」

「ふふ、ありがとう」

「あ……ああ」


 俺が手を取ると、ファラエスは優しく微笑んだ。

 その笑顔に、俺の鼓動は、何故かわからないが少し早くなった気がする。


 そこで、ファラエスは、少し考えるような素振りを見せた。何か変だったろうか。俺が疑問に思っていると、ファラエスが口を開いた。


「……そうだ、君は記憶喪失だったね」

「うん……? あ! まあ、そうだな……」


 そういえば、そんなこと言った気がするな。この一瞬で、すっかり忘れていた。

 面倒くさいので、その辺の事情を打ち明けてもいいのかもしれない。


 俺がそんなことを考えていると、ファラエスが思わぬ提案をしてきた。


「スレイド、もしよかったら、騎士団に入らないか?」

「えっ……?」

「騎士団に入れば、色々な情報が入ってくるから、君の記憶を取り戻す手がかりが掴めるかもしれない。それに、資金も得られるしね。入団試験はあるが、君なら大丈夫だと思う」

「ファラエス隊長! 何を言っているんですか!?」


 その提案は、俺にとってとてもいいように思えた。記憶喪失のことはともかく、資金面が解決するのはありがたい。何より、騎士団にいればさらに強い者と出会えるかもしれない。


「わかった。俺は騎士団に入るよ」

「あんた! 勝手に話を進めて――」

「ああ、よろしく頼む」


 俺とファラエスは、握った手の力を強めながら、笑い合うのだった。

 あまり、周りから納得されているとは思えないが、まあいいだろう。


「それじゃあ、サールティンに向かおう」

「サールティン?」

「ああ、騎士団の拠点地がある場所さ。私達は、元々そこに戻ろうとしていたのさ」

「そうだったのか。わかった、これからよろしく頼むよ」


 こうして俺は、サールティンという場所に向かうことになった。

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