最強の剣士は、世界の低すぎるレベルに失望し、異世界へ転生しました。

木山楽斗

第1話 世界のレベルが低すぎた

 俺の名前は、スレイド。今年で、二十歳になる剣士だ。


 俺の経歴は結構特殊で、三歳の頃にとある山奥の家に預けられてからこの年になるまで、まともに山から出たことがなかった。


 山奥で俺を預かった人達は三人いるのだが、皆武術の達人で、俺はその人達に鍛え抜かれて育った。おかげで、俺は武術に関しては、かなり自信がある。


 今日は、俺が初めて山を下りる日。三人の師匠は、最近全員亡くなってしまった。俺は、しばらく悲しんでいたが、沈んでばかりもいられないと思い、山を下りて新たなる生活を送ることにしたのだ。


「……行ってきます!」


 俺は、師匠達の墓の前で手を合わせて、長年過ごした山を後にするのだった。




◇◇◇




 山を下りて町に来たが、俺は最初に何をするべきか悩んでいた。

 正直、山奥での生活以外のことは、よく知らなかい。だけど、せっかくなので、鍛えた武術を役立てたいとは思っていた。


 そして、偉大なる師匠達を越えられるように、もっと強くなりたいとも思っている。この世界で、一番強くなるのが俺の夢だった。


 そんなことを考えながら町を歩いていると、ある張り紙を見つけた。


「世界最強の男? へえ、これが世界王者ってやつか!」


 それには、世界で一番強い男がこの町に来ていると書いてあった。

 俺は、これをチャンスだと思った。世界最強の男と手合わせするのは、いい経験値になる。自分が、どのくらい対抗できるのか、試してみたい気持ちもあった。


 そのため俺は、張り紙に書いてある場所に向かうことにしたのだ。




◇◇◇




 俺は、世界最強の人物がいるというコロシアムに来ていた。

 ここに、世界王者であるディクシアがいるらしい。しかし、一体どこにいるのだろうか。


 俺がコロシアムの入口でそう悩んでいると、後ろから声をかけられた。


「おや、君は何をしてるんだい?」

「うん? まさか!」


 後ろを振り返ると、中年の男性が二人立っていた。

 話しかけてきた人物は知らないが、もう一人の人物には見覚えがあった。どうやら、俺に幸運が舞い降りたようだ。


「あんた、世界王者のディクシアか?」

「ほう? もしかして、俺のファンか?」

「ディ、ディクシア様!?」


 やっぱり、張り紙の人物、世界王者ディクシアだった。恐らく、隣にいるのは付き人か何かだろう。


「ファンって訳じゃないが、あんたに会いたかったことは確かだな……」

「こ、こら! 無礼だぞ! この方は――」

「ふん! 構わんさ……俺に会いたかったとはどういうことだ?」


 付き人が何か言おうとしたが、それをディクシアが遮った。これは、話が早くて助かりそうだ。


「あんたと手合わせしたいんだ」

「ほう?」

「俺は、最近こっちに来たばかりでね。自分の実力が、どの程度か確かめてみたいんだ」


 俺がそう言うと、付き人は顔を真っ赤にした。しかし、世界王者はまったく顔を変えていなかった。やはり、格が違うということか。


「貴様! ディクシア様に失礼だぞ!」

「ふふ、構わん。俺も、丁度ウォーミングアップの相手が欲しかったところだ」

「ディ、ディクシア様!? 何を!?」


 ディクシアは、上着を付き人に押し付け、剣を構えた。どうやら、戦ってくれるようだ。


「へへ、話が早くて助かるぜ」

「お前のような奴は、よくいる。俺に勝てると勘違いした愚か者がな……」

「別に勝てるかどうかじゃないさ。試してみたいんだ、自分の実力がどこまで通用するのかを」

「ほう? 礼儀はなっていないが、実力はわきまえているみたいだな」

「はあー、ディクシア様、こうなったら、やってくださいよ!」


 そう話しながら、俺は刀を引き抜いた。すると、ディクシアが目を丸くした。


「ほう……刀か。珍しいな」

「そうなのか。まあ、これが一番馴染むんでね」

「なるほど……ではいくぞ」


 ディクシアは剣を上げながら、俺に接近してきた。いよいよ、世界王者の実力がわかる。俺はわくわくしながら、攻撃に備えていた。


「ふん!」

「よし!」


 ディクシアの振り下ろした剣を、俺は刀で受け止めた。


「なっ……」


 その時、俺は思わず声をあげてしまった。


「む? どうした? 予想外の一撃で参ってしまったか?」


 なんということだろうか。この一撃を受けただけで、俺はディクシアの実力がわかってしまった。


「よ……」

「何?」

「弱すぎる……」

「なっ……!?」


 俺はディクシアの実力が、まったく大したものではないことを確信していた。その実力は、俺の百分の一にも満たないだろう。その程度の者が、世界王者などと呼ばれているなど、まったく信じられなかった。


「き、貴様! なんて失礼なことを!」

「ふん! そんな口、すぐに聞けなくしてやる!」


 俺の発言で、付き人もディクシアも、怒ったように声をあげていた。

 ディクシアは一度剣を引き、再度俺に斬りかかってきた。取るに足らない攻撃だった。


「はっ!」

「何!?」


 俺はその攻撃が来る前に、刀を振るい、ディクシアの剣を横断した。


「ば、馬鹿な……」

「こんなものなのか……」


 それだけ見て、俺はその場を去ることにした。これ以上ここにいても、得られるものなどなかったからだ。




◇◇◇




 あの後、町の至る所で聞いてみたが、皆口をそろえて、ディクシアは強く、今まで勝てた者などいないと言ってきた。

 どうやら本当に、あの男が世界最強のようだった。


「我が偉大なる師達よ……この世界のレベルは、低すぎるようだ……」


 失意の中、俺は山に戻って来ていた。

 この世界の強さは、俺の強さに見合っていないようだ。恐らく、俺に勝てる者など存在しないだろう。


「俺は今より、強くなりたいと思っていた。だが、この世界でそれは叶わない。俺に勝てる者が存在しない世界で、俺は何を目標にすればいいのだ……」


 こんな世界で、愛する者もない俺に、一体何が残っているというのか。俺は涙を流しながら、拳を握った。


「俺は最早、こんな世界で生きる意味などない……」


 俺は駆け出していた。向かった先は、山で最も危険と呼ばれている崖だった。


「俺は、あの世で師匠達と戦っている方がいいようだ」


 崖に辿り着いて下を見てみると、かなりの高さだった。しかし、俺の心に迷いなどありはしない。


「さらばだ! この世界よ!」


 そう言って、俺は崖から飛び降りた。




◇◇◇




「はっ……!」


 次に俺が目覚めたのは、真っ白な空間だった。

 あの高さから飛び降りて、助かるはずもない。それに、こんな真っ白な空間は、現世とは思えなかった。


「つまりここは……あの世か!」

「いや、そうではない」

「えっ?」


 俺の独り言に、答える声があった。後ろに、誰かがいるようだ。声の方に目をやると、そこには一人の老人が立っていた。


「な、何者だ!?」

「まあ、座りたまえ」

「座る? なっ!?」


 老人がそう言うと、突如何もない空間に椅子が二脚現れた。俺が困惑していると、老人は椅子に座り、こちらにも座るように促してくる。俺はよくわかっていなかったが、他にできることもないため、座ってみることにした。


「ふむ、何から話そうか……」


 俺が座ると、老人が考えるような仕草を見せ始めた。


「……」

「……」


 そのまま、しばらく黙ってしまったため、とりあえず、俺は疑問に思ったことを聞いてみることにした。


「こ、ここは一体どこなんだ?」

「おお、すまない。考え込んでしまったな……」


 俺が話しかけると、老人は目を丸くした。どうやら、考え込んでいて、俺の存在を忘れていたようだ。

 老人は、俺に謝罪すると、すぐに語り始めた。


「ふむ、君の質問に答えるには、まずわしの素性を明かさなければならんか……」

「素性?」

「わしは、君達の世界で言うところの……神という存在だ」

「神!?」


 その発言に、俺は驚いた。神というと、世界を作ったとか、全知全能だと言われたりする、あの神ということだろうか。


「驚くのも無理はない。だが、本当だぞ? 君も自分がどうなったかは覚えているだろう? その君をここに呼び出したのもわしなのだ。それができるのは、神様だと思えないだろうか?」

「あ、ああ」


 確かに、俺は崖から飛び降りて死んだはずだ。死んだ俺を呼び出すという前提が、まず訳がわからないが、老人の言うことはなんとなく理解できた。


「なるほど……」

「納得してくれたか。それは、よかった」


 神は、笑顔を俺に向けてくれた。神というと固いイメージがあったが、実際はフレンドリーなんだな。


「さて、君の質問に答えるなら、ここはわしが作り出した空間だ。わしが、話してみたいと思った者を、呼び出す場所といったところか」

「そ、そうなのか……」

「うむ、すると君の脳内には、何故話したいのか、という疑問が湧いてくるだろう」

「あ、ああ」


 正直、俺は今の状況にあまり理解が追い付いていないが、とりあえず話の腰を折らないようにした。


「わしはね、君のような優れた人間が、若くして命を絶ってしまうのは、とても悲しいことだと思うのだ」

「あ、それは……」


 なんだろう、ひょっとして俺は、これから神様に怒られるのだろか。

 俺が身構えていたが、神の口から出たのは予想外のものだった。


「そこで、君を蘇らせたいと思う」

「は……?」

「優れた人間は、もっと色々なことを成すべきなのだ」


 蘇るとは、一体なんなんだ。そんなことができるというのか。まあ、神ならそれも可能かもしれないか。

 だが、もしできるとしても、俺はそんなの嬉しくもなんともない。なぜなら、あんな世界にいても、なんの意味もないからだ。


「神……様! 俺は蘇ることなんて、望んじゃいない。あんなレベルの低い世界、いてもなんにもならないぜ」

「落ち着くのだ。それは、わしも理解しておる。あの世界は、君のレベルとあってなさすぎた。そもそも、元の世界に蘇らせることはできんさ。死んだ者が蘇るのは、おかしいだろう?」

「えっ……?」


 しかしどうやら、俺は元の世界に蘇る訳ではないらしい。それなら、もう少し話を聞いてみようか。


「今度は、君の望む通り、レベルの高い世界に転生させよう。そこには君よりも強い者が、たくさんいるだろう」

「ほ、本当か! それはすごく嬉しい! ありがとう!」


 神様の言葉に、俺はかなり喜んだ。そんな世界なら、是非とも行ってみたい。


「しかも、大サービスとして、今の肉体のまま、転生させてあげよう。その鍛えた肉体を、まともに使わないのは、わしとしても惜しいと思うのでな」

「いいのか!? それはすごく助かる! 何から何まで、ありがとう! 恩に着るぜ!」

「ふ、いいのさ。では早速実行するとしよう。そこで目を瞑っておれ」

「ああ」


 そう言われ、俺は目を瞑った。すると、額に指が押し付けられるのを感じた。


「次に目覚めた時、君は新たな世界にいるだろう」


 その言葉を最後に、俺の意識は途切れていった。

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