第4話 称賛の王冠
風は多くの心を乗せ、市街を、野山を、大空を強く優しく巡り、海へと還る。
枝葉が奏でるハーモニーに、鳥や虫がリズムを刻み、会話はメロディとなる。
心地よい風が物語を作るのと同様、自然が織りなす音楽も物語に美を添える。
何気なく尾根を見下ろすと、ひたすら真っ直ぐ進む小さな背中が2つ見えた。
山肌に飛行機雲を描くかのように、回り道をすることなく真っ直ぐ線を描く。
昼は太陽を、夜は星々を、今現在は少し傾いた上弦の月を頼りに南を目指す。
そんな折、俯瞰した視界の中、2つの行く手を遮る大きな割れ目が目に映る。
ここは、我々でも尻込みするほどの強風が吹き荒ぶ険しい渓谷――風王の谷。
2匹はしばらく止まり何かを確認した後、大地の裂け目の一端に足を掛ける。
その試みはどう考えても無謀の極みであり、小さな命を散らす行為に思えた。
だがどうだろう、2匹は手を取り合いつつ、険しい崖を一歩一歩下っていく。
そして、薄闇で足場も覚束ないにもかかわらず、平らな谷底へ到達したのだ。
1匹でも堕ちれば仲間もろとも命を失うであろう賭けに、2匹は勝ったのだ。
水を求めていつもの谷へ降りて行った先、珍しい匂いに鼻孔をくすぐられた。
今夜は愛する子供たちへの久しぶりのご馳走だ、淡い期待に胸を膨らませる。
大地が吸い込んだ黄金の陽はとうに消え去って、夕闇の世界が強者を分かつ。
夜目が見つめる先には、骨ばった泥臭い雄と、柔らかそうな白い雌が見える。
まさかと思うが、こんな華奢な体でこの大いなる谷を下ってきたのだろうか。
見るからに疲弊した身でありながら、休むことなく絶壁を登ろうとする2匹。
夜目が利かないのか、手探りで足場を見つけ踏み出す雄と、それを支える雌。
何がここまで弱者を奮い立たせるのだ、どうしてここまでして先を急ぐのだ。
恐ろしいほどの執念を目の当たりにして、急激に狩人の熱き血が冷めていく。
結局、2匹が無事に崖上に立つのを見届けるまで、動くことができなかった。
空が白み始めた頃、ふと城がある木の根元から不自然な物音が聞こえてきた。
鼠や土竜などの小動物より大きく、熊や猪よりは小さな気配が近づいてくる。
俺は仲間に警戒を促しつつ、窓から身を乗り出してカサカサ蠢く下草を見る。
背丈を超える草の壁に2つの頭を見え隠れさせながら、木の脇を通り抜ける。
その鬼気迫る様子に警戒心が静まらず、仲間を残して単独で城から飛び立つ。
俺の羽音を聞いたのか、大きい奴が小さい奴から枝を奪い俺に向けて構える。
俺は城の女王と家族を、お前は後ろで蹲る白い奴を守るため、命を削りあう。
武芸の心得でもあるのか、∞飛行をする俺の動きを読むかのような棒さばき。
奇妙な技名を口走り突き出した棒の先端が、死角から迫る俺の針を薙ぎ払う。
男としての敗北を悟った俺は、奴の頭上で称賛の王冠を描くように旋回した。
上界で一雨あったのか、今朝は普段見ない顔が私の縄張りをうろついている。
余所者と適度な距離を保ちつつ食事に勤しんでいる私を、急に不幸が襲った。
次々と振り下ろされる4本の柱に、私は狂ったかのように必死で身をよじる。
長い攻撃の後、4本の柱は動きを止め、代わりに水面を通り声が降ってきた。
興奮したような声は、再びゆっくり動き出した柱と共に下界へと進んでいく。
下界の先には、私のような弱い存在では生き残れぬ過酷な世界があるらしい。
この凶暴な柱の主が、果たしてそこまで辿り着けるのかという興味が湧いた。
私は一定の距離を保ちながら、リズムよく交互に振り下ろされる柱を追った。
陽の屈折角が再び最大になる夕刻まで、休むことなく柱は川底を叩き続けた。
胸が苦しい――間違いなく最果て、始原の世界を見届けた私は、引き返した。
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