第19話 Three of a kind Outside hour


 カジノ・ショーメイカーに営業時間外の来客があったのは、太陽が空の一番高い所から少し傾いた辺りの頃だった。

「は? 何、居ないのかよジャック兄」

 アーモンド型の目を丸く見開いて、店内へと入れて貰ったノアは拍子抜けした声を上げる。眉根を寄せてそれに応えるのは、買い出しから帰って来たダグラスだ。

「ちょっと目を離した隙にこれだ。我々もほとほと困っているよ」

 眉間を押さえるダグラスの背後、カウンターを磨くモリソンも困ったように頷いて見せる。

「何だよマジかよ……なぁ、何処行ったか見当付かねぇ? ダグさん」

「こっちが聞きたいくらいだ! 書き置きや伝言の類も無ければ、再三の電話も無視ときた。良い度胸だよ、全く」

「まあ、順当に考えたら大通りの方だろうねぇ」クリティカルな私見をさらりと挟んだのはモリソンだ。「ダン君のお昼か武器、もしくは両方の調達じゃない?」

「ダン?」

 聞き慣れない名にぴくりと反応するノア。彼の知る範囲──即ちリベラトーレ青年組の情報網の範囲──では、そんな名前のショーメイカーのスタッフは居なかった筈だ。

 首を傾げていると、モリソンがカウンター越しにフォローを投げて寄越した。

「昨日ジャックが拾ったんだそうだよ。銀髪に赤い目の男の子。今朝ウチに連れて来たんだ」

「銀髪に……へぇ?」それは何処かで聞いたような話だと、小さく呟く。「奇遇だな」

「どうかしたか?」

 急に意味ありげな沈黙を落とした少年にダグラスが問い掛ける。対するノアは咄嗟に笑顔を浮かべた。隠す理由は無いが、特に告げるほどの事でもない。

「いんやこっちの話! にしても大通りか……」

 定期的に通りを埋め尽くす市の事はグレイフォート育ちのノアもよく心得ている。あの人混みの中から目当ての人間を見つけ出すのは少々面倒だ。かと言って、本命の仕事で街を調べ回ってくれているはずの仲間の手を煩わせる程に重要、とは言い難い。

「電話してみれば? ダグラスは今避けられてるけど、ノア君からなら出るかもよ」

 知らず眉間に皺を寄せていたノアを見かねてか、モリソンが助け舟を出す。しかし返ってきたのは困ったような微笑みだった。

「あーいや、俺ジャック兄の番号知らないんだ」

「そうなのか? 古い付き合いだろう、君達は」

「いやまあ、そうなんだけど」

 何なら教えようか? と自分の携帯電話を持ち出そうとするダグラスに、ノアは大人びた苦笑を見せる。

「俺はリベラトーレ、そっちはショーメイカー。万が一何かあったら拙いだろ? だから、お互い痕跡残すような事はやめようって決めててさ」

 それは互いに身を置く先を見定めた時、どちらからともなく交わした約定だった。勿論、所属が違うからと言って、完全に袂を分かったという訳ではない。現にこうしてリベラトーレとしての身分を隠さずショーメイカーの本拠地に乗り込んでも、「ジャックの友人」として快く受け入れられている。しかしだからこそ、他でもない自分が何かの折にショーメイカーに不利益をもたらし、ひいては両組織の軋轢の元凶となるような事態は避けたかった。

「なるほど……そういう所抜け目がないな、君は」

 感心したように呟くダグラスに、ノアは何処か誇らしげに頷いて見せる。しかしそんな表情も束の間、すぐにニッと悪戯っぽく笑った少年は話をジャックの捜索へと戻した。

「それに、この街は俺達の庭みたいなもんだ。探して見つからないなんて事は絶対にねぇよ」

 面倒、というのはあくまで時間と手間の問題だ。幾ら人出が多いとは言え、この街は文字通りノアのテリトリーである。知った顔の一つや二つ、自分一人でも探し出せるという確信が——否、探し出して見せるという矜恃が彼にはあった。

「だからまあ、今回も地道に探すさ。ありがとな二人とも!」

 笑顔で手を振り、ひらりと身を翻して少年は元来た雑踏へと駆け出して行く。重い扉の向こうへ消えて行った背中に、モリソンが称賛を込めて嘆息を漏らした。

「相変わらずフットワーク軽いねぇ、彼。リベラトーレが青田買いするだけあるよ」

「その上リスク管理もしっかりしている。すぐふらふらと厄介事を持って来る何処かのバカとは偉い違いだ」

 刺々しい小言も宛先不在では意味がない。ノアが出て行った扉を見遣り、ダグラスは深い溜息を零す。

「全く、一体何処をほっつき歩いているんだか」

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