第18話 Three of a kind Return match


 

「こちらです」

 そうエイベルが示した先には、観光街としての顔を遺憾無く発揮するグレイフォートのメインストリートがあった。通りに並ぶ露店は活気付き、歩行者天国となった道には人がごった返している。親子連れにカップル、友人同士で楽しむ旅行客。あるいは一人旅の者もあるだろうが、皆一様にこの場を楽しみ、笑顔を浮かべているという点は共通していた。

 ──我ながら似つかわしくない場所だ。

 脳裏で自虐を零したエイベルは、だが、と隣に目を遣る。

「良いでしょう。上々です」

 同じく場違いであるはずのヘクターは、何故か満足そうに頷いた。

「この歩行者天国はどれくらい続いているのです?」

「ここから三、四百メートル程先の広場まで。ここより後ろはそうですね、百メートルあるかどうか、という所でしょうか」

 そんな言葉を交わしつつ、エイベルは隣を歩くヘクターに倣い、人混みの中から目標を探し出そうと辺りを見回す。

『銀髪に赤い目の子供』という、決定的でありながら漠然とした情報。勿論、余りにも分かりやす過ぎるその特徴は、傍目には隠されている事だろう。故にエイベルはフードやサングラスといった分かりやすい小物に目星をつけていたのだが、それでも自分の胸の高さ以下の子供の頭部を判別するのは、人混みから頭一つ抜けたエイベルには中々に難しい。

 ──そもそも、人探しだなんて専門外で業務外なのだし。

 まあ良いか、と投げ遣りになりかけた所で、何かを察した──のかも知れない──ヘクターがこちらに視線を投げて来る。咄嗟の作り笑顔などという高等技術を持ち合わせていないエイベルは、こてんと小首を傾げてやり過ごした。

 そうして広場の方へ向かって散策、もとい探索を始めて十分もしない頃。

 その瞬間は、唐突に訪れた。

 最早惰性で周囲を見回していたエイベルに、背後から声がかかる。

「おい」

 不躾な呼び声に顔を顰めつつ、エイベルは腕を引かれるままに振り返った。

 声の主は一人の青年だ。エイベルがその顔に既視感を覚えるより早く、彼の口元がにいっ、と弧を描く——その全身に、殺気を滲ませて。

「——ッ!」

 息を呑んだエイベルは反射的に回避行動を取る。青年の腕を振り解きつつ、重心を下へ。一拍遅れて青年の拳が空を切る、その足元を薙ぐように、エイベルは低く鋭い蹴りを繰り出した。青年はそれを後方へ軽く飛び退ってかわす。その隙にエイベルも、低い姿勢のままのバックステップで距離を取った。

 双方体勢を整え、小休止。睨み合う二人の間合いは距離にして五歩といったところだ。尋常ではない雰囲気に、周囲の人々も事態に気付いたらしい。ある者は驚き、ある者は怯え、ある者は二人の周囲に集まってくる。すわ喧嘩かと囃し立てる者もいたが、そんなに生易しいものではないことはエイベル自身が良く分かっていた。

 一方、青年は周囲の様子など気にもかけていない。

「探したぜ、『殺し屋ストライカー』エイベル」

 好戦的に嗤う青年へ向け、エイベルはあの時は知らなかった名前を口にする。

「『狂犬マッド・ハウンド』、クライヴ・バスカヴィル……!」

 忘れはしない、目の前の男こそかつて自分を死に体寸前にまで追い詰めた張本人だ。後に通り名を知った時には安直なネーミングだと思ったが、彼の技量を知っている身としては何とも笑えない冗談だった。

「何だよ、今度はリサーチ済みってか?」

 両手を広げ、クライヴは分かりやすく挑発して見せる。相手は完全に臨戦態勢だ。エイベルはひとまず近くにいる筈のヘクターへ向け、離れてくれ、と視線を送ろうとした。

 瞬間、クライヴが地面を蹴る。五歩の間合いが飛ぶような三歩で一気に詰められ、ダウン狙いの鋭いアッパーがエイベルの顎を打ち抜く──寸前、ギリギリの所でエイベルが大きく上体を反らす。その鼻先を、クライヴの拳が風を切って掠めて行った。

 咄嗟に崩してしまった体勢を、エイベルは最小の動きで立て直す。再び相対した敵はしかし、追撃の素振りも見せずに笑っていた。

「余所見とは随分余裕だなぁ、『殺し屋ストライカー』?」

 ──余裕なのはどちらだ。

 端正な造作に似合わぬ粗野な笑いを、エイベルは忌々しげに睨み付ける。

 これでは先程の忠告がヘクターに伝わったのかどうか確認も出来ない。もっとも、雇いの同行者ごときを心配する人種ではまず無いだろうから、放っておいても面倒事からは距離を置いてくれるだろう。それはそれで薄情な話だが。

「……白昼堂々はお互い拙いのでは?」

 牽制のように、エイベルが問う。

「お前を潰せれば何の問題もねぇよ」

 クライヴの笑みに応えるように零れた吐息は呆れか、あるいはここ数日で一番単純な状況への安堵か。本人にも区別の付かぬまま、エイベルは吐き捨てた。

「戦闘狂め」

「はっ、光栄だなァ!」

 投げ付けるような哄笑を皮切りに、両者は示し合わせたように地面を蹴った。

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