1st change

第17話 Three card Boy, Girl & Guy



「あー……なんっかアレだ、嫌な引きだな……」

 ジャックにそうぼやかせるのは、彼のディーラーとしての勘だ。

 アンネリーゼ・ジーゲルトと名乗った少女は、ダンに手を引かれるまま道端のベンチに腰掛けた。大通りの端、植え込みの陰のベンチは人目に付き辛い代わり、元が何だかよく分からない汚れが目立つ。しかしアンネはそれを気にする様子もなく、目の前に立つダンを見上げ、ゆらゆらと足を揺らしていた。

 そして少年少女のそんな様子をただただ見守るジャック。危険を冒してまで望んでいた再会、の割には、ダンの表情が硬いのが気になる所だ。この場で一人事情を知らないジャックは、少年の詰問を渋い顔で聞いている。

「アンネ、何でこんな所に──いやそれより、君一人? あいつは?」

「いないよ」

 ダンの問いに、さも当然そうに応えるアンネ。

「あいつがそんなの許す訳ない! 一人で外に出ちゃ駄目だって、あんなに」

「うん、だからね」

 僅かにアンネの声のトーンが上がる。どこか得意げな響きに合わせ、少女の足がぱたぱたと揺れた。

「きのうの夜、窓からハンカチを落としちゃったときに、新しいようじんぼうの人に外に出してもらったの。それでその人、そのまま帰っちゃったから」

「まさか、勝手に!?」

「うん。あ、そうだ」

 こくりと頷いたアンネは、思い出したようにスカートのひだの合間を探る。隠しポケットでもあったのか、彼女は一枚のハンカチを取り出した。

「これ、かえすね。ちゃんと洗ったから……その、ありがとう」

 綺麗に畳まれたハンカチを、おずおずと照れ臭そうにダンに差し出す。そんな無邪気な様子のアンネを構わず叱り飛ばせる程、少年の人生経験は豊富ではない。

「……どういたしまして」

 呆気なく毒気を抜かれて、ダンは大人しくハンカチを受け取った。

「何だよ、もう用は終わりか? 随分あっさりだな」

「寧ろもっと厄介になったよ……」

 意外そうに覗き込んで来たジャックは、先程のダンの「約束」の事を言っているのだろう。確かにダンの言い分はたった今果たされた。しかし、今回ばかりは──アンネが家出紛いの事をしている以上は、話はそう簡単には行かないのだ。この後の事を思い遣り、ダンは年齢に見合わぬ深い溜息を零す。

「例の僕らの上役、アンネを一人で行動させるのを本当に嫌ってたんだ。あいつに気付かれる前に──はもう無理かも知れないけど、出来るだけ早く戻らないと、この子の方が」

 危ないかも、と続けようとした矢先。

 ——ぐきゅるるる。

「あ……」

 突然の異音にダンとジャックが振り向けば、アンネが困った顔で腹の辺りを押さえていた。

「何だ、腹減ってんのか嬢ちゃん。良いぜ、どうせ俺等もこれからだ。お前ら何食いたい?」

「ジャック」

 窘めるような響きでもって、ダンはジャックをじとりと睨んだ。対するジャックは肩を竦めて抗議する。

「何だよ、飯食う余裕くらいはあんだろ? ほら好きなモン言え、奢ってやるよ。幸い出店は幾らでもあるし、話は食いながらでも出来るだろ」

 ほらほら、と昼食の希望を問えば、少年少女は揃って顔を見合わせた。

「……アンネ、何が良い?」

 深い溜め息と共に、根負けしたダンがアンネに訊ねる。しかし、返って来たのは困惑混じりの回答だった。

「わたし、よくわからないから……ダンに任せる」

 そう託されたダンはと言えば、こちらも明らかに困り顔だ。

「うん……いや、僕も良くは分からないけど……」

「あーはいはい、お前らが遊び慣れてねぇのはよぉく分かったぜ」

 昼食一つ選ぶのにもまごつく少年少女を見兼ね、ジャックが助け船を出した。戸惑うアンネに向け、昼食の大まかな方向性を問う。

「なあ嬢ちゃん、甘いのとしょっぱいの、どっちが良い?」

「わたしが、えらぶの?」小首を傾げるアンネ。「じゃあ、甘いのがいい」

「オーケー。ダン、お前は?」

「僕は」

「あ」

 ダンが口を開いた途端、アンネは何かを思い付いたように声を上げる。

「お、どうした嬢ちゃん」

「あのね、やっぱりダンと同じのがいいなって。……ダメ、ですか?」

 拙い丁寧語でジャックに問うアンネ。いじらしい様子にジャックが思わずヒュウ、と口笛を吹けば、再びダンに睨まれた。

「じゃあ僕も甘いものにするよ。それで良い?」

「うん、ありがとう」

 アンネの返事は簡潔ながら、その声には分かりやすく喜色が滲んでいる。

「甘いのな。ならこっちだ、付いて来い諸君!」

 戯けた様子で宣言するジャック。その様子に重ねて溜め息を吐きつつ、ダンはアンネの手を取った。万が一にもこの人混みではぐれたりしては敵わないと、一回りほど小さな手をきゅっと握り込む。

「だってさ。行こうか」

「……う、うん」

 少女の声が心なしか上擦ったのには気付かないまま、ダンは先導するジャックの背を追った。

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