第14話 One pair トニー&……
無事に裏切り者を始末した翌日。狙撃手トニーが迎えたのは爽やかな朝などではなく、これ以上ないほど不穏な招集だった。
他の雇われ連中と共にホテルの一室に集合すると、銀髪をオールバックに固めた彼らの上役、ヘクターは相も変わらぬ淡泊さで告げた。
『銀髪赤目の子供を探し出して連れて来い』。
その指示は、寝起きのトニーを青褪めさせるに十分だった。
それから数時間の後。一人でホテルを飛び出したトニーは、グレイフォートの街をひた走っていた。この街に来て日の浅い彼だが、それでも裏の住人なりに知りうる情勢というものがある――曰く、「『招龍軒』には情報が集まる」と。
朧げな記憶を頼りにどうにか件の中華料理屋を探し出した時には、既に早朝とは言い難い時間であった。
妙に人通りの多いメインストリートを横切って、通りを一本裏へ。お目当ての店は、トニーが思い描いていたよりひっそりと建っていた。ガラスのはまった入り口を静かに押し開け、トニーは『招龍軒』へと足を踏み入れる。
こぢんまりとした店内には、思ったよりも客が多かった。そのくせ、店員らしき人間は二人しか見られない。カウンターの向こうの調理場に、いかにもというコック姿の中華系の男が一人。もう一人はフロアをくるくると動き回る、同じく中華系の女性だ。真っ赤な
彼女はトニーと目が合うと、にっこりと来店の挨拶を口にしようとする。
「ハイ、いらっしゃ――」
「アンタがシュエリー・ヤオか?」
トニーは開口一番そう切り込んだ。『招龍軒』の看板娘、シュエリー・ヤオ。それが、トニーの聞いた「情報屋」の名だ。
「銀髪に赤い目をした子供について情報が欲しい」
畳みかけるトニーにきょとんとした顔を向けたシュエリーだが、すぐにちッちッという舌打ちと共に人差し指を左右に振る。随分と古典的な反応だ。毒気を抜かれたトニーに向けて、シュエリーは愛想よく笑う。
「お客さん、ここは料理屋ね。まずは席に着いて料理を頼む、他のお話はそれからよ、狙撃手のお兄さん」
漫画のような中華訛りに、しかし笑うことは出来なかった。脈絡なく告げられた「狙撃手」の単語にトニーは苦々しく舌を打つ。こちらの素性はもう割れている、後ろ暗い事情をその筋に流されては厄介だ。下手なことは出来ない。ここは素直に従っておくべきだろう。
「ほんなら、何か適当に頼むわ」
「おススメは麻婆セットよ」
ずい、と渡されたメニュー表に目を遣る。麻婆豆腐をメインに小品数点のセットメニューだ。中華料理はよく分からないが、そこそこ値が張る代物だった。
「……じゃあそれで」
「はいただいまー! あ、お席はソコねー」
満面の笑みで身を翻すシュエリーに、トニーは軽く溜息をついて席に着く。
多少手痛い出費だったが、背に腹は代えられないし出し惜しみをしている場合でもない。何しろ急いでいるのだ。何としても自分が見つけなければ。他のヘクターの手先に捕まれば、まずあの子に先は無いだろう。
幸いにも、頼んだ料理はそう待たずにやってきた。
「お待たせしたねー」
香辛料のたっぷり利いた麻婆豆腐の良い香りが漂ってくるが、トニーにそれを楽しむ余裕は無い。早く情報をと彼女を促す。
「それで?」
「ん?」
そのままニコニコと動かないシュエリーは、『食べるのが先だ』と言外に伝えてくる。根負けしたトニーは、仕方なしに料理に手をつけた。一口食べた瞬間、その表情が一変する。
「……美味い」
「謝々! お兄さん良い舌持ってるね」
「そらどーも……やないわ、銀髪赤目!」
天真爛漫な笑顔にうっかり流される所だった。確かに料理は美味しい、正直に言って味わわないのは勿体無い。だが今は、今ばかりはそんなことを言っていられる場合ではないのだ。
「頼むわお嬢さん、こっちは急いどるんよ!」
「そうだったね、ごめんよ。エー、銀髪に赤い目の子供あるね」
ふむ、と一拍おいて、シュエリーは笑う。
「残念ながら、直接の情報は持ってないね」
「はあ?」
思わず上げた声に自分で驚くトニー。我ながら凄い声が出た。きっと凄い顔もしているだろう。その予想を裏付けるようにシュエリーが慌てて「まあ待つよろし」とトニーを収める。
「ただし、ある。さっき全く同じ事を聞いて来た人なら、そこに」
示された方向を見て、トニーはハッとする。見覚えの無い人間だった。身内ならば適当にガセ情報を掴ませて誤魔化すつもりだったが、見ず知らずの人間が、何故。
睨むような視線のトニーに、すかさずシュエリーが畳み掛ける。
「紹介が?」
さり気なく出された手は暗黙の内のチップ――もとい追加の情報料の要求だろう。
「……頼む」
「謝々」
手の平に乗せられた硬貨ににこりと微笑むと、シュエリーは唐突に声を上げた。
「ショッチョーさーん! ちょっといいね! この人がー!」
突然の大音量に思わず身を竦めるトニー。随分と雑な「紹介」もあったものだ。
奇妙な発音で呼ばれた当人は、呼び方への苦言を呈しつつこちらの席へと向かって来る。
「おいシェリー、その呼び方間違ってるって言わなかったか?」
「ショッチョさんも私の名前違うねー」
「こっちは愛称だろ。皆そう呼んでる」
シュエリーに促され、その人物はトニーの向かいに腰を下ろす。
「どうも、初めまして。私の事はリンと呼んでくれ。君は――さて、名前を尋ねても良い人種かな?」
そう言ってにやりと笑ったのは、ダークスーツの良く似合う男装の麗人だった。
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