第25話 「お前が守れ」

フォンティーヌからの依頼は、ひどく要領を得ないものだった。


「強き死の娘、リディアよ。お前はここより東の狸穴まみあな通りの入り口にて待て」

「……デス太、どうします」

「どうしますもなにも、今の僕じゃ彼には絶対勝てない」


「……フォンティーヌさん。待って、どうするんですか?」

「そこである少年に出会う。そしてその少年の頼みを引き受けよ。……いいか、決して殺そうなどと思うなよ」

「……。」


まったく……これじゃ神秘主義者だよ。いやインチキ占い師かな?

ふわふわほわほわとしてて、砂糖菓子ですら撃ち抜けそうな話だ。


「では請けるのか否か」

「……選択肢はないんですよね、ええ、請けましょう。ただ……追加報酬が欲しいです」

「ほう、述べよ」

「なぜ私を見逃すのですか? 強き死が発現する条件とはなんですか?」


ふうむ、などともったいぶってあごを撫でる旧友とも

僕が気になっていたことでもあるので、黙っている。


月喰らいイクリプス、いずれ条理ことわりを超えるこの少女を、決して死なすなよ。……お前が守れ、守りきれ」


ではな……と彼は告げると、この地下空間から去っていった。

ゆうゆうと、まるでニンゲンのように歩きながら。


「……ふう、心臓が止まるかと思った」

「デス太、彼は?」


「一番の旧友とも、そして最強の死神だ。ただでさえ昔の僕と勝負になるのは彼だけだったのに、僕から奪ったモノでさらに強くなった」

「現時点での勝機は……」

「百回挑んだら千回殺される」


しかし遮蔽の達人であるスナークといい、なにか彼女を見逃す理由があるようだけど……。

まあいい、あとで考えよう。

今はそう、依頼と、


「話は終わったの?」


忘れていたけど、エディスの問題である。


------------


「話を聞いて……ああ、そうですか」

「私はもう『霊視』はできない。魔眼の術式もあげたでしょ」


そう。

先のやり取りや会話は、すでに一般人であるエディスには関わりようがない。

彼女は目深に被っていたローブも脱いでおり、ずいぶん簡素な装いだ。そのぶん、サラサラとした金髪が映えている。

胸まで下りたそれをくるくる手で弄りながら「じゃあ私はこれで」とここにはもうなんの未練もないという風に僕らの横を過ぎる。


「……凡百に堕ちて、このあとあなたはどう生きるんですか?」

「普通に生きるんだよ。……誰も殺さず、殺されずにな」


そうして彼女……エディスは去っていった。

最後までリディアは納得がいかないというか、許せないモノを見るかのような態度だった。


「……私だったら、く自害しますね」

「ええっ、それは大げさだなぁ」

「だって、デス太と話せなくなるじゃないですか」


くるりとその場でリディアはまわり、それにつられ群青色のスカートが舞う。

それからピタリと立ち止まると、僕でさえドキッとするような妖艶なほほ笑みでこちらへ手をさしだす。


「デス太は私のモノですからね」

「……えっ、と。まあ……僕はキミの騎士だからね」


彼女の手に触れることはできないけれど、その手に応えるようにこちらも手をさしだす。

ギリギリ、触れ合わないように。

触れ合うことは、許されない。

このお姫様を害することは、許されない。

僕はもちろん、誰であろうとも、許されないのだ。


------------


地下通路を抜け闘技場へ。

すでに混乱は収束しており、今は片付けの時間に入っている。

怪我人だったり、怪我人だったり、死体だったり。


リディアはさっそくそのお片付けに参加するべく、観客席の中段へ。

足元には、痩せ細った青年が転がっていた。


それを全く意に介さず、彼女は左手を正面に掲げる。


「――すべて、隷属せよ」


彼女のセリフとともにこの空間に暴風が巻き起こった。

才なきものには見ることすらできぬ、魔力と死霊の流れ。


闘技場に満ちていたモノも、ついさっき新しく生まれたモノも。

とくすべからく彼女の左手、そのうちへと。


「やはり彼女……エディスのシルシは優秀です。私と違い範囲に優れていたようですね」

「出力も5割増し、それに範囲も……まさに」

厨二チートですね」

「セレスもそう言うだろうなぁ……」


あのまれびとのシルシも凄まじく、レーベンホルムの娘たるリディアを越えていた。

しかし今、彼女はそれ以上のモノを所有している。


「これだけ優秀でありながら、私と戦えるだけの実力がありながら……」


リディアはそう呟き、そうして初めて足元の死体に気がついた。


「彼は……さきの三流術師ですね」

「みたいだね」

「我々と同じ死霊術師でありながら、霊に取り殺されるとは……吐き気がします」


リディアは怒りと侮蔑を隠さずに、右手を発動させた。

青年の霊を青年の体へ。

正しく元の持ち主へ。


「では、冒険者として『依頼』をこなしにいきましょうか」

「……ええっと、うん」


僕らは闘技場を去るべく、一歩一歩階段を降りる。

その後ろでは、低くくぐもった苦悶の声をあげながら立ち上がる元青年。


「そういえば、死霊の数がずいぶん少なかったね」

「……霊媒か、奇跡の使い手でもいたのでは?」

「ずいぶん優秀な使い手もいたもんだね。かなりの数だったろうに」


僕らはそうして、この血生臭く趣味の悪い空間から去っていった。

背後では、新たな討伐クエストの発生に勇ましく名乗りを上げる男の声。


そうして元青年は2度目の死を与えられた。

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