第24話 「完全にコラテラルダメージ」

少女らと青衣の死神が地下で合意に至ったころ、まさしく地上は阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄であった。地下から吐き出された行き場のない霊たちが、あちらへこちらへと荒れ狂っている。


幸い……と言っていいのか、いまだ混乱は闘技場のなかだけ。

魔術的にいえば、真円に「閉じる」構造であるこの建物は一種の結界であり、ただの人間霊ではそうカンタンに突破できない。


その混沌ケイオスのただなかで、無心に弓を放つ大男の姿。

肌は強い日差しで褐色に輝き、流れる汗もキラキラと。

鍛え上げられた右腕で力強く弓を引くと、そこから3本、同時に矢が放たれた。


「……ふむ」


弓使いカイランは『霊視』の目を持たない。

ゆえに、いまこの時起きている惨状の理由など皆目検討もつかない。


突然気が触れたように叫び声をあげた老人も、

突然気が狂ったかのように隣人を殴る青年も、

突然気をやったかのように失神した貴婦人も。


「……意味がわからんな」


そう、ひとことで切り捨てた。


……恐らくこれも魔法だか魔術だか己の預かり知らぬ事象であろう。

……しかし、己のすべきことはなんとなくわかる。


なにかよからぬ気配がする。

そちらへ無心に弓を引く。

ただただ、ソレを繰り返していた。


カイラン本人は気がついていないが、彼の放つモノはまさしく破魔の矢である。

聖なる守護霊の加護を得た、神聖なる一撃。

軌道上にあるすべての死霊は刈り取られていくだろう。


それを同時に3射、また3射。


ただただ、祖霊の導きのままに。

彼はこの場の、まさしく守護者であった。


------------


リディアの左腕を治癒した後、ソレは実行に移された。


術式の回収、死霊の譲渡。

すべてはレーベンホルムの左手で淀みなく執行された。


シルシの移植だけは僕が担当。

なにしろ、この手法は現代のニンゲンからは失われた古代のものだ。

あいての同意が必要だから、そうそう機会はないけどね。


「……なるほど、なかなか優秀ですねあなたのシルシは」

「ハナから私はそんなもんいらない」


エディスから増設されたモノにより、リディアの扱える魔力量はおおよそ5割増しされた。

うーん、チート。

まさにチート。

……って、僕もまれびと語がすこし伝染ってきたなぁ。


「これであなたは晴れてただの凡人です」

「せいせいする」

「……はあ、まったく理解できないですね」

「これでイカれた奴らからオサラバできたんだ。……あとはこの痛みから解放されればなぁ」


そう。

エディスに掛かった『強制ギアス』の術は解けるものではない。

魂と魂を直接繋ぐこの魔術……いや『呪い』に解除方法はまず存在しない。


……昔の僕なら……そう。あの奪われた現能チカラならそれが可能なんだけど。

歯がゆい。

くびきから開放された少女はしかし、一生痛みに苛まれるのだ。


「ゴメン、キミのその呪いは……」

「手を貸してやろうか、旧友ともよ。群青色の風、月を喰らいし同胞よ」


気がつけば、僕の背後に影。

清浄なる湧き水のような、覚めるように透き通るその気配。


――ハッ。


思わず乾いた笑みが溢れる。

ここまでか……と。

僕と、リディアの旅路はここで終わりか。


腹を決め、振り返り……そうしてかつての親友を正面から捉えた。


透き通った水色の衣。

圧倒的なまでの存在濃度。


いまこの世界で、最強最悪のチカラを持つ死神。


「フォンティーヌ、久しぶりだね」

「ああ月喰らいイクリプス。くだんの件よりだいぶ経つな。とても、とても懐かしい」

「僕もだよ」


旧友……フォンティーヌはリラックスした様子で僕との会話に興じる。

ほんとうに、ただただ友人との会話のように。


しかし……僕のほうが気が気でない。

最強の彼から逃れるすべも、もちろん勝ち得るすべも、まったく絶望的なまでに存在しない。


スピードも、力も、すべてが僕以上。

そして最高の現能チカラを僕から奪った。


……ゴメン、リディア。

キミを守りとおすことが僕には……、


「して旧友ともよ、そこな少女の痛み。私なら除いてやることができるのだがどうだろうか」

「……へっ?」


僕は死神らしかぬ、間抜けな声を上げた。


「『死想の鎌』、アレであればいけるのだろう?」

「……あっ、ああ……いや間違いなくいけるけど……」

「そうか」


水色衣のフォンティーヌは、悠然とした歩みでエディスへと。

そうして手にした鎌で一閃、少女の体を袈裟けさに薙いだ。


エディスはすでに魔術師ではないので、当然彼を見ることができず、ゆえに避けようともしなかった。


「―――えっ」


死神の大鎌を振られ、しかし少女は輪切りにはならなかった。

それどころか、常に痛みに耐えていたのであろう彼女の表情は、このとき初めて平静を得ていた。


「どうして? 痛くない……痛くないよ!!」

「よかったな、娘」


フォンティーヌは静かに、しかしたしかに笑みをこぼしている。

ぼろぼろと涙を流すエディスへ、間違いなく慈しみの眼差しでもって。


------------


「そろそろ警戒を解いてはくれぬか、旧友ともよ」

「……いや、ううん……」


リディアへはさきほどから、限界まで『眼』をひらきその死期に備えている。

しかし、いくら睨んでも彼女にソレは視えない。

……つまり、旧友ともに彼女を攻撃する意思はないということだ。


そして、リディアを真っ直ぐ見つめながら彼は切り出した。


「イクリプス、そしてリディアよ。どうかどうか、私の頼み……いや依頼を請けてくれぬか。報酬は……ぬしらを見逃すこと、それでどうかな冒険者よ?」

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