第23話 「死霊遊戯」

リディアの左手が陣を捉え、陣を揺さぶる。

たまらず結界は崩壊した。


恐らく3年ぶんほどの、この闘技場で繰り返された興行こうぎょうによる死者。

そのすべてが一度に溢れ出した。


「――なっ!!」

「リディア!」


空間に大量の死霊が満ち、それでも足りぬ、狭すぎるとでも言わんばかりに地上へも解放されていく。

そうして我がお姫様は、何食わぬ顔で周囲の死霊を凄まじい勢いで呑み下している。

暴風のように渦を成しながら、次々と。


「――リディア、これじゃ地上も!?」

「今は私が勝つことが最優先です」

「でも!」

「ここは戦士の街、闘技都市ですよ……自分の身ぐらい自分で守れるでしょう?」


空間に満ちる死霊……すなわち死霊術師ネクロマンサーにとってはただの燃料。

その支配率は現在、リディアが圧倒していた。

すべての死者は彼女に統べられ、すべての死者が敵へと殺到する。


……一方的な処刑が始まった。



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リディアが結界を壊したので、急いで地上に飛び、急いで闘技場を見渡した。


そしてコレなら大丈夫かと…………いや、こんな趣味の悪い場所にも子ども連れがいるのか。

素早くその子に『防護』を掛けると、また地下へと落ちる。

そのあいだに、少女たちの戦いは終わっていた。


『縮地』で一歩。

僕は敗者であるエディスを守るように、両者のあいだに立ち塞がった。


「――ガッ……ヒュー、ヒュー……」

「デス太、邪魔です」



「僕は個人的に、女の子に死なれるのは嫌なんだ。これはわかってほしい」

「へえ、デス太はそういう趣味が?」

「そうだね。昔どこかで、誰かがトラウマになってる。女の子が死ぬのはゴメンだ」

「私は殺したいんですけど」

「ダメだね」


体中から血を吹き、かすかな浅い呼吸を繰り返し、ゴミのように転がされた少女。

まるで病に蝕まれ苦しむかのようだ。

僕の深いところが、強い既視感デジャヴを訴えてくる。


「……敵を逃して、私になんの得が?」

「うーん……そうだね」


リディアの思考は、自分が得をするか、損をするか。彼女いわく天秤がどちらに傾くかがすべてだ。

だから、少女を助けることで得があるなら、彼女は問題なく納得してくれる。


「ちょっとキミ、エディスだっけ。僕が守るからその間に、喋れる状態まで持ち直してほしい」

「……カッ……うっ……」


口もとから吐血を繰り返しつつ、少女はなんとか応える。

僕も『封傷バンテージ』で出血を止めて、それからいくぶん魔力を補佐。

除々に、エディスの状態が回復していく。


「……ありが……とう」

「うん。どういたしまして」


少女はゆっくり体を起こすと、ふところから回復薬を取り出し、舐めるように飲み下していく。

その間、我がお姫様の機嫌はすこぶる悪い。


そうして、喋れるまで回復した少女にすぐさま僕は交渉を持ちかける。

シルシ、術式、所有する霊。

すべてを手放せば見逃してもらえると。


「……そうだな、わかった。いいだろう」

「よかった」


「……正気ですか?」


リディアだけが、この場でむしろ納得していなかった。

だって歴史ある名家の娘からしたら、魔術師からしたら……まったく理解できない行動だろう。


シルシ、術式、下僕。

 それをすべて捨てるということは死と同義でしょう?」

「……いや、私にとってはそうではない」

「よほど下級な家なのか、いえありえませんね。さきほどの術、力量。それなりに魔導に精通した家でないと……」


「ラトウィッジだ」


エディスの答えに、リディアは心底驚いた。


「……王国の、名家ではないですか。その娘に産まれながらすべてを捨てる? 理解に苦しみます」


「別に、あんなトコで産まれたわけじゃない」

「?」

「アリスなんて願い下げだ」

「……はあ」


「あー、リディア。いいかい」

「なんです変態デス太」


僕はリディアに教える。

一部の魔導の家は、余所から優秀なシルシを持つ娘を取り入れ、代々その血統を維持している。

名家同士での子どもの交換はまだ真っ当なほうで、孤児や奴隷から取り入れることも珍しくない。

特に、暗い魔術を扱う家は……。


「子どもが、できなかったんだ」

「……。」


「あんなクソジジイ相手に何度も何度も……何度も。ただただ世継ぎを産めば解放される……その一心で耐えてきた」

「…………。」


「でも限界だ。『強制ギアス』があろうが構うもんか。逃げ出してやった」

「……そう」


僕にはだいぶまえから視えているが、彼女は常に中級の『強制ギアス』の痛みに耐えている。

今このときも、架空の糸鋸に中指を削られている。


逃げるな、逃げるな。

従え、従え。

そうした強い魔術のろい


「あのジジイをぶっ殺すために、必死で耐えて逃げて。そして闘技都市の話を聞いたとき思いついたんだ。死霊を集めるのにうってつけじゃないかって」


そうして彼女は、復讐を目的にこの地下に陣を敷き直した。

古代人と同じ発想に至り、しかし彼らには到底及ばぬ稚拙さでもって。


「でももう敵わない。3年かけて集めた死者もおじゃんだ。もう、復讐は成せない。だからいい加減魔導なんてものから解放されたい」

「……はあ、わかりました」


リディアはやはり、今の慟哭どうこく、嘆きのほとんどを聞き流していた。

素質はよくともソコから降りた相手にかける情けを彼女は持ち合わせていない。

ただ、交渉は成立したようだ。


「では、あなたの中身を頂きます。それで手打ちと致しましょう」

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