第22話 「リディア vs エディス」

死霊術師エディスが会戦を告げると同時に、彼女の下僕しもべたる骨戦士スケルトンが一度に2倍になった。合計20体、練度はすべて初級だがこれだけの数を同時に使役するのは生半なことではない。

しかも、戦いの直前まで半数は『遮蔽しゃへい術』で隠してからの奇襲である。


「!?」


これには我がお姫様も一瞬おどろき、しかしすぐさま自らの下僕で対応する。

彼女の使役数……というか鞄に持ち歩いている人骨は4人分。

しかしすべて中級以上の戦士の霊であり、触媒も一級品。


20対4になるが十分戦いになるだろうし、この勝負のメインは彼らではない。

彼らをどう運用し、そのうえで相手の隙きをどう突くか。

死霊術師同士の決闘はそれに尽きる。


リディアはさっそく『吸霊』の左手を発動し敵スケルトンの解除を試みるが、やはり成功しなかった。

すでに支配権がある死霊を引きずり込めるのは相当に力量差があるときだけ。

つまり、敵であるエディスもそれなりの使い手というわけだ。


「……遮蔽しゃへい術ですか」


そう。

それに加え少女は『遮蔽術』を己の体に掛け、リディアの視界から逃れている。一方的に攻撃を仕掛けるつもりだ。

しかし、すでに中級の域にあるリディアにそんな手は通用しない。

『死法の魔眼』を拓き、透明化した少女の魂そのものを捉える。


「――そこです!」

「なっ!?」


指差しの『睡眠スリープ』を、争う下僕のスキマをって叩き込む。

エディスは頭を抑えふらつくが、昏倒には至らない。

直接見ているわけではないので、効果が減じているのだ


「……これで、あいこだっ……!!」


エディスも睡魔に耐えつつ、素早く指を突き立てる。

一方は自身へ、一方はリディアへ。

それぞれ『呪い』を同時に、素早く叩き込む。

ともに術式は『激痛ペイン』、痛みのみを与える希少な呪い。


「――ぐうううっ!!」


僕は感心した。

少女の判断の早さと、もちろん力量に。

痛みで睡魔を吹き飛ばし、かつ同じものを敵へと放つ。

……しかし、その選択には大きな計算違いがある。


「……ハッ、『防護プロテクション』……しかも上級だと?」

「交易都市の最下層を漁りましたので」


ころころと笑うリディア。

もちろん、ふたりの少女はすでに視界を下僕で塞ぎあっている。

だが、もう勝敗は決したようなものだ。


魔法攻撃はすべて指輪の『防護』で霧散する。

彼女が投げナイフなどサブの技能を習得していても『矢避け』のブローチで逸らされる。そしてスケルトン同士の戦いはすでに、リディアが優勢だ。


……まあ、女の子が殺されるところは見たくない。

ギリギリで割って入ろう。


しかし、少女は僕の予想のうえをいった……いや。

僕が呆けていたな。


エディスは素早くふところから太い鉄矢を取り出した。

あれは石弓クロスボウに使うものに似ているが、しかしすべて鉄製の矢なんて聞いたことがない。

むしろアレは、魔女を穿つという『杭』にも似て……、


「『魔法の矢マジックミサイル』!!」


エディスが空中に放り投げた3本の鉄矢がくるくると回転したかと思うと、暗い魔力を宿したまま素早く射出された。

大胆な曲線や、極端な直角を描きながらリディアへと攻撃が迫る。


「――あっ!!」


1本は下僕が身をていして守り、1本は右手から霊をデタラメに放射することではたき落とし……1本は、彼女の左腕、深々と二の腕に突き刺さった。

痛みにもだえるであろうリディアはしかし、苦悶の声をただ一度あげただけだ。

素早く、左腕にのみ『麻痺パラライズ』を掛けることで、痛みを遮断している。


「『防護』を抜けた? ……いえ、そうですか」


そう、『防護』は悪意ある魔法そのものから守ってくれる。

純粋な魔力の矢や、呪い、ランクは落ちるが炎や冷気からも。


『矢避け』は魔法の掛かっていない、物理的な飛び道具から守ってくれる。

魔法の矢やファイアボールには意味をなさない。


……だから物体と魔法、両方の特性を持つ攻撃はそのふたつをすり抜けることができる。ジェレマイアの『熱杭ヒートパイル』みたいに魔力を物質化したモノだったり、今みたいに魔力を宿らせた矢だったり。

もの凄く扱いが難しい、高度だという以外はまさに万能属性といっていい。


古い仲間たちは魔法的物理属性、と呼んでいたっけ。


リディアも同じ答えを導いたらしく、さてどうするかと思案している。

もちろん両者、戦いを継続しながら。


……僕の見立てでは、エディスが勝つ。


死霊、シルシの質ではリディアが圧倒している。

しかし彼女はかつてジェレマイアが指摘したとおり、基礎魔法がいくつか不十分だ。

セレスいわくチートの魔法アクセサリーを旅のはじめに得てしまったのもよくない。

守りに対して、慢心していたのだろう。

もちろん僕も含めてね。


……そうだな、この戦いが終わったら『霊壁』や、ちょっと高度だけど『守護霊』の術式を勉強だ。

ここでの負けも大きな経験になるだろう。


しかし僕は、騎士でありながらお姫様の本質を見誤っていた。


……そう、自分にとって得か、その天秤がどちらに傾くか否か。それがすべてであるという彼女の価値観。


リディアはまったく躊躇ちゅうちょなく左手の『麻痺』を解くと、痛みを我慢しつつ手のひらをある方向へ向けた。

この空間の中央に座す、大量の死霊を蓄えた、しかし不安定極まりないシロモノに。


「――すべての死霊よ、辺獄へんごくに縛られし者よ。すべからく我がレーベンホルムへ隷属れいぞくせよ!」


詠唱とともに、全力全開で彼女は左手を発動させた。

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