第21話 「死霊術師エディス」

僕らはいま、闘技場の地下にいる。

ここまで来るのに何回か障害があったが、ほとんどリディアの術で切り抜けた。

さすがに、途中のしっかりした見張りに彼女の『睡眠スリープ』は通用しないと判断し、僕の出番になったけど。


「さすが、デス太の『呪いカース』は凄いです」

「もともとキミたちの家庭教師として招かれたからね」


そんなこんなで地下巡りも、だいぶ深部までやってきた。

運のいいことにココはダンジョンではなくごくごくふつうの地下遺跡。

怪物や罠などはなく、魔力異常もきたしていない。


……ハズなんだけど。


「私の読みでは、闘技場地下中央にソレがあるかと」

「うん、大正解だろうね」


「真円で閉じられた建造物、放っておいても死が積み上がる環境。なるほど、地下に陣を敷くのは合理的です」

「この規模の魔法陣を敷くのはカンタンじゃないけど……」


そう。

目指す先には大量の死霊の気配がある。

縛られ、堆積したおおくの魂。

まるでリディアの体の中にあるレーベンホルムの館のように。


「こちらは一流ということですか」

「だから油断しないでよ」


まあ僕がいる以上、たかだかニンゲンに負けるわけがない。

『魔眼』で警戒しつつ曲がり角を抜けると、途端に広い空間へと出た。


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そこは丸々地上の闘技場を地下に移したかのような広さがあり、冷たく湿った空気が溜まっている。

ここまで明かりとして連れてきた『鬼火ウィスプ』をよりつよく発光させ、ドーム状の空間を照らす。


「……すごい、ここはもともとそのために造られたんだね」

「見たことのない紋様ですが……」


天井にも、そしてもちろん床にも。

高度な魔法陣が緻密に構成されていた……のだろう。

長い年月でそれは物理的にも魔術的にもほころび、崩壊している。

中央のモノをのぞいては。


「この形式は2000年前のモノだ。つまり、この闘技場は始めから上は興行、下は魂の魔力炉。……ほんと、古代人の知恵には頭が下がるよ」

「人の命は貴重ですからね。死ぬときと、死んだあと。どちらも有効利用していたと」


死霊術師であるリディアにはすんなり受け入れられる考え方だね。

僕はちょっとびっくりだけど。


「しかしあの中央の陣……ずいぶん稚拙ちせつな修復ですね」

「ああ」


ここから見てもわかる。

とりあえずこの施設の機能を、一部でも使えるようにとツギハギに。

しかも基礎がなっていない。


「元がいいから、なんとか起動していると」

「うーんでもあれ……だいぶ不安定だなぁ……」


「――ソコで止まれ!!」


ふたりしてその魔法陣へ近づこうとするのと、僕らに声がかけられるのは同時だった。

見れば、僕らが来た通路から黒いよそおいの少女が現れた。


こちらと同じ『鬼火』の青い明かりに、ローブからこぼれた金髪とキュッと結んだ口が照らされている。

彼女は……さきほど広場で僕らをにらんでいた娘だな。


「子ども! 我が魔法陣にそれ以上近づこうものなら、容赦はしない!!」

「……はぁ」


リディアのため息。

明白に、声の主への侮蔑が含まれていた。


「あの陣はあなたの施術ですか?」

「あっ……ああ! 私のものだ!!」

「……はぁ。つまり美しい術式を汚したのはあなたですか」

「なんだと!」


強い敵意に、その炎に、まさにリディアは油を注いだ。


「ナマイキなガキがっ! その口二度と開けぬようにしてやろう!!」

「――はぁ?」


リディアは素早く少女へ指を突きつける。

術式は『出血ブラッドレス』、レーベンホルムの秘蔵魔術だ。


だが少女が血を吹き出すことはなかった。

素早く現れた骨戦士スケルトンがリディアの視線から少女を守ったからだ。

それを皮切りに、次々と少女の護衛が姿をあらわす。


「――やりますね、今まで遮蔽しゃへいしていたと」


リディアは優雅な仕草で黒鞄を逆さに開帳し、中からガラガラと人骨を吐き出した。

その数およそ4体分。

すぐさま右手から死霊を解放し、すぐさま人骨が組み上がる。


「デス太は手を出さないでください。いつもいつも守られていては『未熟』のままですから」

「えっ……うーん、わかったよ」


さきほどの僕の発言を根に持っているようだ。

それにたしかに、一対一の魔術戦の経験は得難いものがある。

2000年前とくらべシルシを持つもの、つまり魔法・魔術が使えるものは激減した。

純粋にその使い手とサシで戦える機会はそうそうない。

リディアが死ぬか、……もちろん少女が死ぬのもイヤなのでそこは止めるけどね。


「――死ぬ前に名を聞いておこう、私はエディス、死霊術師だ」

「…………レーベンホルムの娘、リディアです」


レーベンホルムの名を聞き、少女……エディスがびくりと反応するが、すぐさま視線を正面へ。

両者、相対しにらみあう。


しかし……最初の名乗り合い、太古の魔術師が聞いたら卒倒するだろうね。

魔導の者が、わざわざ自分の名前をさらすのは自殺行為に等しい。

それが大昔の常識だ。

名前の魔術は失われて久しいので、もう意味のあるものではないけど。


それにあの正面からのにらみ合いもダメだ。

視線による呪いや、それこそ『魔眼』を正対で受けるのはよくない。

ふつうは悟られぬよう半身を逸したり、体の軸を傾けたりして「直撃」を避けるクセをつける。


……て、これもその練度の使い手が減ったせいで失われた慣習だっけ。

でも、習得しておいて損はないはずだ。

考えてみれば、こういった「実戦」の知識はあまり教えていなかったな。

僕も反省だ。


そうこうしていると相対した黒ローブの少女は高らかに口火を切った。


「――では少女リディア。魔術戦のなんたるかを教えてやろう!!」

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