第20話 「善悪の彼岸」

カイランから、彼の守護霊を奪い、呑み下したリディア。

しかし……様子が明らかにおかしい。


「――くっ……つうううう」

「リディア!!」


胸を抑え、体を丸め、なにかに耐えている。

苦悶の声を漏らす口からは、赤い血が滲み出し、たまらず彼女は吐血した。


闘技場手前の広場。

人通りも多く、周囲の視線を一気に集める。


「なんだぁ……汚ねぇな……」

「あの子、流行はやり病かなにかじゃない?」


僕は慌ててリディアに詰め寄るが、しかし彼女を介抱することはできない。

背中をさすることもできない。


僕は……なんて無力なんだろう。

そうしているうちに、明確に彼女に死が視えた。


――体の内側から、取り込んだものに食い破られるその姿。


「リディア! 今すぐさっきの守護霊たちを吐き出すんだ!!」

「……ぐっ……この程度……ぎょせずして死霊術師は……っううう」


ゴパッ。

2度めの吐血。


……もうこれ以上は見ていられない。

彼女の尊厳を踏みにじることになるが、仕方がない。


『死法の魔眼』を限界まで開き、守るべきお姫様の魂を支配下に置く。

そうして彼女に、ムリヤリその右手を使わせた。


「デス太……やめっ……」

「ダメだよ」


ずるり、ずるり。

少女の右手から、カイランの守護霊がまるで嘔吐するかのように吐き出される。


「――はあっ、はあっ……ううう」

「なるほど、コレは一級品だ」


カイランの守護霊は、スルスルと滑るようにあの大男のもとへ去っていった。

『魔眼』を限界まで拓いたことでわかったが、アレはそんじょそこらの霊を凌駕する存在だ。


「……デス太」

「リディア。アレは精霊になりかかってる、とてもとても強大な守護霊だ」

「……。」

「古さも、格も、なにより受け継がれてきた歴史とでもいうのかな。ニンゲンの魂はあそこまで昇華することがありえるんだ」

「…………。」

「子どもの死霊術師であるキミには、アレはまだ早すぎる」

「――なっ」


リディアは、さきの苦しみなど忘れたかのように顔を赤らめ、そして僕をにらんだ。


「訂正してくださいデス太、私はすでに一人前の術師です。魔力も、シルシも、備えた術式もすべて一流の」

「でも子どもだよね」

「年齢と実力は関係ありません。現にこの身は8年、魔導に捧げています。あなたを師として」

「……えーっとね、そうだね。あまりこういうことは言いたくないけど」


僕はすこしイライラしていた。

あともうすこしで死んでしまうところだったんだぞ。


「キミはまだまだ未熟だし、キミ以上の使い手なんてたくさん居る。世界はキミが思うほど甘くない」

「また子ども扱いですか、私だってたくさん勉強して……」


「本に書かれたことと、世界に描かれたモノは違うんだよ」

「……。」


リディアはしばらく黙っていた。

そして、いつのまにか彼女を囲うように人だかりができていた。

そりゃそうだ。

突然血を吐いて、かと思ったら強い口調でひとり言を始めたヘンな子ども。

ただのニンゲンにはそうとしか見えない。


……その中に、違う視線を感じた。

とっさに振り返ると、黒いローブを目深に羽織った少女の姿。

輝くような金髪が肩からこぼれており、その目つきは鋭い。

年は……18か。


僕が少女を観察していると、明らかに相手はこちらの視線に気づき、急いでその場を立ち去った。

……うーん、僕が視える人間か。

これだけの都市、ちょっと気をつけないといけないな。


「……わかりました、デス太」

「よかった、わかってくれたかい」

「では私はここで、死霊術師として腕を上げようかと」

「……うん?」


------------


リディアは颯爽さっそうと広場を横切り、街の中心である闘技場コロッセウムへ向かう。

しかし僕はそれをすぐさま止める。


「リディア! 闘技場なんて、そんな目立つコトはダメだよ!?」

「ふふっ、やっぱりデス太のほうが子どもじゃないですか。……私があんな馬鹿げたお祭りに参加するとでも?」


しかし彼女は闘技場入り口の受付で観覧料を払うと、暗い通路をすすみ観客席へ。

パッ、と視界がひらけ、青い空と歓声につつまれた空間。

中央の戦場では、狂狼ダイアウルフの群れと剣士ふたりが殺し合いに興じている。


見ると……すでにひとり、腹を食い破られ死んでいる。

のこったふたりもすでに限界で、もうあと10秒と持たず同じ運命を辿るだろう。

はっきりと、『視る』ことができる。


「なんだかんだ、死人はでるみたいだね」

「でなくては困ります」


リディアは観客席を見渡し、ついで舌打ちをした。


「やはり……同じ穴のムジナ、同じことを考えますか」

「うーん……ああ、そういうことか」


彼女の視線の先にはガリガリにやせ細った青年の姿。

虚ろな目で戦場をにらみ、もごもごと口を動かしている。


「――たかがしれますね、無言詠唱すらできないとは」

「ああ、彼も死霊術師か」


しかし、リディアの言うとおりあれじゃ3流もいいとこだ。

しかし、死霊術とは本来あんな程度なのだ。


きちんと歴史ある名家のみ、正しい術理を継承している。

知識を漏らさず、閉じ込める。秘匿された魔術。


「あの青年はたぶん……魔術師あがりだろうね。正しい師も書もない状態で、独学で」

「才能も環境も悪かったのに、なぜ我々の道に?」


「……ヒトにはそれぞれ理由があるんだよ」

「へえ、興味もないですけど」


ずい、とリディアが左手を優雅に掲げる。

みればすでに中央の見世物は決着しており、いまは魔物による解体ショーの真っ最中だ。

やわらかな中身に、我先にと狼の牙が殺到している。


「正統な術式というのは、こういうモノを指すのです」


自信たっぷりにお姫様は白い手を、すでに中身をごっそりと平らげられた死体へと突き出す。

彼女なら、この距離からですら霊を引きずり込める。


……その、はずだった。


「……!?」

「へえ……先約がいたみたいだね」


こちらへ引き寄せられるはずだったみっつの死霊は、闘技場の砂の地面へとずぶずぶと沈み込んでいった。

あとにはもちろん、肉体という抜け殻しか残っていない。


「予定変更です。……私のモノを奪うことは、許されません」

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