第19話 「闘技都市」

「そこまで連れていってやる」


褐色の弓使いカイランにそう提案され、リディアはすこし待っていてくださいと彼と距離を取った。

僕との相談だろう。


「私の体が目当てでしょうか?」

「ええっ、ないないない」

「…………。」


手を振り強く否定する。

だって、キミはまだ子どもなんだから、そういう人は少数派の異常者だ。

街での「お掃除」でも、引っかかるのは10人にひとりいるかどうか。

あれ……うーん……そう考えると結構多いのかな?


「冗談ですよ、デス太」

「ああ、なあんだ」

「……しかしデス太はすこし失礼ですね」

「えっ、そうなの? キミが安全だってことじゃない」

「……はあ」


なんだかリディアはため息ついたり、体を撫でたり。

そして「はやく大人になりたいです」と。



あれから数日、僕たちはカイランと旅をともにしている。

彼は闘技都市出身で、昔は生粋の剣闘士グラディエーターだったと。


「今でも闘技場で?」

「いや、最近は冒険者稼業を優先している」


「闘技場って……見世物で殺し合うんですよね?」

「人対人の真剣勝負は去年廃止された。今は木剣でじゃれ合うか、魔物や動物と戦う」


「それで観客は納得するんですか?」

「死人が減ったことで結果的にみなの腕が上がった。見世物としてより見応えがあると評する者もいる」


「魔物との戦いでは……」

「もちろん死ぬものもいる。魔物が死んでも血を流す。流血の需要も満たしている」


知識欲の塊であるリディアの質問に、無愛想ながらもよどみなく答えるカイラン。

でもそっか、あの血なまぐさい催し物はだいぶマシなものになったんだな。


カイランとの旅はとっても快適なものだった。

彼の魔法に興味があったのが、リディアが彼についていく最大の理由だったのだろう。

けど、彼は狩人としても一流だった。


「――シイッ!」


大柄な体を使って、強く強く弓を引く。

そうして引き絞られた弓から、2本の矢が斜め上へと放たれる。

狙いははるか上空を渡る海鳥。

そうして、文字通り飛ぶ鳥を落とす勢いで矢がそれぞれに突き刺さる。


「……『出血ブラッドレス』でもああはいきませんよ」

「あれだけ遠いとね」


矢を体から生やした2羽の海鳥が、くるくると回りながらはるか前方の原っぱへと落下していく。

ぽす、と灌木かんぼくをクッションにして獲物が地面へ。

……まさかとは思うけど、いやたぶん。


「あえてあそこに落ちるように?」

「ああ、でないと肉が痛む」


無茶苦茶だ。

……なぜ、彼女の旅路は達人や超人ばかり出くわすのだろう。


------------


そうして、劇的に改善された食糧事情(なんと彼は料理も上手かった)で快適な旅が続き、ここ、闘技都市までたどり着いた。

巨大な闘技場コロッセウムがデデンとそびえ立っている。


「大きいですね、デス太」

「うーん、すごいもんだよ。コレ2000年まえからこうだった」

「へえ」

「【黒森】の襲撃時にはコレがまるまる防衛拠点として役立ったんだ。命を奪う遊び場が、逆に命を救ったんだ。すごいよね」

「構造としても、なにかを閉じるのに向いていますからね」

「まあ……魔術的にはね」


ちょっとした感動話のつもりだったのに、リディアは相変わらずだなぁ。

それに、闘技場を見る……いや視る彼女の目は別のなにかを考えている。


「おい、リディア。俺はここまでだ」

「そうですかカイランさん。ここまでありがとうございました」


貴族流の、丁寧なお辞儀。

スカートの端をちょんと持ち、膝をまげてお淑やかに。

こうしているときちんと令嬢なんだけども。


「ではな。とにかく一人旅はよせ。せめて仲間を見つけろ」

「はい」


そうしてカイランはくるりと背中を向け去っていく。

大きな合成弓コンポジットボウがその背で揺れている。


――そしてその大きな背中へ、リディアがまっすぐに左手を突き出した。

あまねく霊を回収する、レーベンホルムの左手を。


「リディア!」

「なんでしょうか、デス太」

「その……彼の守護霊を奪うのかい!?」

「ええ、あれだけ長く、古ぶるしい魂の群れ。相当に貴重で有用です」

「……でもさ、」


彼と短いながらも旅をして、彼の弓術に助けられて。

そんな彼の大事なものを……。


「天秤がどちらに傾くかですよ、デス太」


にっこりと笑ったリディアは、容赦なく左手を発動させた。

レーベンホルムの術式。

あらゆる霊を貪り食らう、彼女の左手。


ずるり、とカイランの背後の霊が根こそぎこちらへ引きずられ、そのすべてが彼女の手のひらへと呑みこまれていく。

彼女の体内にはレーベンホルムの館がまるごと存在し、そうして今までカイランを守っていた霊たちはそのうちに縛り付けられた。


もう2度と、あの褐色の弓使いがその絶技を披露することはできないだろう。

まあ、それでも彼が一流の弓使いであることに変わりはない。

そう思うしかない。


「やはり……凄まじいまでの霊力です」

「……そう」

「格というか、歴史というか。彼に出会えたのはまさしく僥倖ぎょうこうでしたね」


僕らは今逃亡の身で、命を狙われ続けている。

だから、強くなる機会を逃してはならない。


ごめん、カイラン。

そうしてもう遠くなった彼の背中を見つめていると……僕のお姫様を異変が襲った。

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