第18話 「3本の矢」

まれびとの少女にして邪神召喚者イビルサモナーであるセレスと別れて3日。

僕らは東の闘技都市を目指していた。


「海風が心地いいですね、デス太」

「うん」


右手には海。

海岸線にそって続く街道を歩いているとなぜだか気分も高揚してくる。

リディアも自由都市の生まれで、つまりは海が大好きだ。

……この海は僕らを精霊大陸に閉じるモノではあるけどね。


太陽はちょうど真上、一日の中でいちばん影が濃く、小さい時間。

左手に広がる森も、その中を見通すことは難しくなる。


その好機を知ってか知らずか、ソコからリディアへ突然の攻撃。

矢の奇襲だ。


「あら?」

「まぁ、だろうね」


矢は当然のごとくリディアを逸れ、あさっての方向へ飛んでゆく。

『矢避け』の加護。

ジェレマイアとともに挑んだ交易都市の地下遺跡ダンジョン獲得ハックしたモノであり、練度は上級。

最初に彼からもらったブローチも併せ、攻城弓バリスタですら彼女を撃ち抜くことはできない。


森の中から複数のどよめきと、ついで脱兎のごとく飛び出す3人組。

手には貧相なショートソード、服装もいわずもがな。


「盗賊でしょうか?」

「だろーね」


3人は街道の行く手をふさぐように立ちはだかると、決まりきった口上を述べ始めた。


「嬢ちゃん、命が欲しかったらカネをだしやがれ!!」

「オレらだって暴力には訴えたくねぇ!」

「カネだカネだ!」


あちゃー。

これはまずいね。

リディアの中でのルール、正当防衛を満たしてしまう。

視たところこの3人は盗賊なりたてで、人のひとりも殺したことはない。

まだ、戻れるラインの悪党だ。


「リディア、あのさ……」

「セレスに教わった新しい術を試してみますか。『萎縮』か『化膿』か……」


あれれ、ご愁傷様。

殺すか殺さないかではなく、どう殺すかで悩んでいるようだ。

こうなっては可哀想だけど……、


――引き絞られた闘気が背後から。


急いで振り返ると、こちらへ向けまさに弓を引き絞った大男の姿。

リディアへの攻撃?

いや、彼女に死は視えないし、そもそも彼女には『矢避け』が……、


ヒュパッ。


空を裂きながら同時に3本の矢がこちらへ迫り、そのままリディアを通り越しその先へ。矢が、同時に、3人の手をそれぞれ貫いた。


「「「ガッ!!」」」


新米盗賊たちは得物を取り落し、苦悶の声をあげながらのたうち回る。

あの反応……怪我するのも初めてか。


「おい」


弓を放った褐色の大男が、リディアへと強い声色で呼びかける。


「子どもがひとりで旅などするな。みずから厄介事を引き寄せるようなものだ」

「……えぇと……どなたです?」


大男は質問を無視すると、大股で3人組へ。

そして思い切り彼らの脇腹を蹴り飛ばした。


蹴られるたび、ボールのように大の男が転がっていく。

あの位置は……内臓がひっくり返るほど痛いだろうね。


「――ガハッ……ヒュー、ヒュー!!」

「盗賊などしていてはいずれこうなる。貴様らにそんな覚悟などないだろう」


「あああ……うぐぅぅう……」

「その手ではもう剣は握れん、おとなしく故郷の村へ帰れ。田畑を耕せ。人の役に立て」


「ううっ……ううう」

「わかったか。外の世界には俺のような者がわんさかいるぞ」


転がる3人は、泣きながら大男の言葉に頷いていた。


「……困りましたね、私の獲物が」

「えっ、怖いこと言わないでよ」


リディアのつぶやきはだいぶ物騒なものだった。

彼女の方針は「必要であれば殺す」ぐらいだと思っていたのだけど、だんだんそのタガが外れてきているのだろうか。

それはちょっと問題だね。


「もうこの場は正当防衛が成立しないよ、だからダメ」

「わかってますよ、デス太」


気付けば3人は武器も拾わず、森の中へと退散していった。

大男がこちらへ向き直る。


「娘、いかに実力があろうと子どものひとり旅は止めろ」

「……さきほどは助けていただきありがとうございます」


リディアがつい、と軽く会釈をする。

おっ、彼女にしては珍しいなぁ……と思ったら狙いはアレか。

お姫様は知識に貪欲なのだ。


「さきほどの矢、尋常ならざる力を感じましたが?」

「知らん。当たるように撃っているだけだ」

「……。」


そう。

さきほどの3本同時の射撃……死霊の力が働いていた。

彼の背後には堆積するかのように、膨大な数の守護霊が控えている。


「リディア、たぶん彼は……無自覚に術を行使してる」

「……背後の霊は?」

「うーん、どうも彼の親族みたいだね。一族の霊ってやつだ」

「シャーマン、ということですか」


シャーマン、大別すれば彼らも死霊術師だが、術師というほど整った体系や術理はもたないことが多い。

死霊使いとでも言おうか…最近はめっきり数を減らしたと聞いたけど。


「娘、何をブツブツ……」

「リディアです」

「そうか」

「あなたの名前は? 恩人のソレは知っておきたいのですが」

「カイランだ」


答えた褐色の大男。

衣装は黄土色のゆったりとしたもので、大昔のトーガを引き締めたようなシロモノ。

手にはさきほど芸当を見せてくれた合成弓コンポジットボウ、背中には矢筒。

おもしろいことに、その矢筒には小ぶりの曲刀が据え付けられている。


「リディア、おまえはどこに向かっている?」

「東の闘技都市です」

「……そうか……ううむ」


カイランは3秒ほど悩んだあと、すぐさま決断した。


「そこまで連れていってやる」

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