第12話 「湾口都市のゆんゆん少女」

潮の匂い、海の風。

自由都市こきょうのまちがすこし懐かしい、とリディアは言った。

ここは、湾口都市をのぞむ小高い丘の上である。


馬車旅の最後の休憩地点で、あとすこしで目的地だ。

休みついでにリディアを『視る』が、ひと月ほど先まで覗いても彼女に死は視えない。


もちろんこの方法も万全ではなく、とくに1週間を過ぎるといろんな偶然が混じり、たぶん大丈夫程度にまで正確性は落ちる。

けど、やらないよりはマシ。

僕は彼女の従者なのだからできることはなんだって。


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街に着き馬車を降りる。

なんとなく古びた街で、黒ずんだ石造りの家がおおい。

金属製の看板や街頭などはもれなく錆びついている。


人通りは多く、活気はそれなりにあるのだが……どこか息苦しい。


「……また今日も不漁だよ」

「ああ、いつになったら……クソ」


漏れ聞こえる会話も元気がない。

街の規模は自由都市の5分の1ぐらいだろう。

この世界ではふつうのサイズだ。

2000年前はもっと巨大な都市がわんさかあったけど。


「……ではさっそくお掃除を……」

「ちょっと待ってリディア、ちょっと待ってね」


「はい?」

「僕らがこの街に来てすぐはマズイと思うんだ。できれば数日は……ね」

「……なるほど、わかりました」

「うん、いい子だ」


にこりと少女にほほ笑む。

頭はなでられないけど、気持ちはそんな感じだ。


「さっそくですが、この街の冒険者ギルドは……」

「そうだね」


ふたりしてギルドらしき施設を探すが、どうやらこの街にギルドはないらしい。

代わりに、「冒険者の宿」という施設がいくつかあるそうだ。

ここいらでは「わだつみ亭」というところがオススメらしい。


港町らしく入り組んだ構造で、近道をしたつもりが裏路地に入ってしまっていた。


「……困りましたね」

「うーん」


リディアは魔術師としては立派に一人前だけど、方向感覚だとか、地理のセンスだとか、冒険者としてのスキルはまだまだ未熟だ。

僕はじつはどちらに行けばいいのかわかるんだけど、これも彼女のためだ。

社会勉強として黙っておく。


「こちらでしょうか?」

「うーん、どーだろーね」

「……あの、デス太。楽しんでますよね?」

「どーだろーね」

「……まったく」


リディアはやれやれと、それでもそれなりに楽しそうにため息をつく。

そう。冒険にトラブルはつきものだよ。

そうして路地をまたひとつ越えたとき、ほんとうのトラブルに出くわしてしまった。


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そこには人だかりができていた。

湾口都市らしく、屈強な人足ポーターが多いのはわかる。

けれどそのガタイのいい男たちが、線のほそい女の子を囲んでいる光景は……異様だった。


「俺ら見たぞ見たっすよ!」

「絶対コレ、アレだろ!」

「何してもいいっていうアレだろアレ!」


「――ひっ」


腕力体力には秀でるがそのぶん語彙ごい力に劣る彼らは、口々に中央の少女につめよる。

少女はガタガタと肩をおさえ震えている。

自分を、すこしでもまわりの悪意から守るかのように。

そのさまは、見ていて気分のいいものではない。


「……あの……デス太……」

「ああ、たぶん……まれびと狩りだ」


この世界には【まれびと】と呼ばれる、よその世界の住人がたまにやってくる。

むかし、1000年前にやってきたまれびとが初めての例で、それから彼女はこの世界の驚異となった。

氷の魔女。

大陸の北方はすべて冬で閉ざされ、いくつもの街が呑まれた。

そして今なお、人類の敵であり続けている。


それ以後、この世界のひとびとはある決断をした。

この世界に来たまれびとは、ことごとく殺さねば。

私たちの世界を守らねば。

現在、ほとんどの国でまれびとは死罪だ。

表むきは国に引き渡すことになっているが、だれも守ってない。


その場で私刑リンチにあって殺されるものがほとんどだ。

ついでに、おぞましい行為におよぶものもいる。

……まったく、こんな場所に出くわすとは。


「リディア、あっちに行こう」

「いえ、まれびとの魂は異質なんでしょう? 回収する意義があるかもしれません」

「……でも、」


これから行われるであろう行為を彼女に見せたくない。

周囲の人足ケダモノを見ればわかる。

絶対にそうなる。


「いや、リディア……頼むから……」

「……でも……」


か弱い少女を取り囲む輪がどんどん狭くなっている。

コレ以上はもう、限界だ。


「――リディア、もう行くよ!」

「……ちょっと待って下さい」


なんでさ! と叫びそうになる寸前で、僕はこの場の異様に気がついた。

なにか、得体のしれない気配がする。

囲われた少女がぶつぶつとなにかを呟いている。


---そはあまねく星海の……御蔵みくらの檻の深き青……今このきわに浮上せし……---


気付けば周囲に異質な魔力が渦まいている。

いや……これは、僕も知らない気配がする。


「――ちょっと、……デス太……あの子……?」

「わからない! こんなのは知らないよ!?」


---……貴き声を聞かせ給え……上位のもうひらかせたまえ……---

---……ここに溺神できしんの夢を響かせたまえ!……---


つよく、つよく少女のことばが結ばれると、あたりに怪異がもたらされた。

少女を囲う人足おとこたちは、ぶるぶると痙攣けいれんしながら地面にうずくまる。

リディアも、耳をおさえうずくまる。


「ちょっとリディア! 大丈夫!?」

「――っうううう!!」


なにか尋常でないものに彼女はさいなまれているようだ。

耳をおさえ、心もおさえ必死に耐えている。

このまえ教えた遮蔽しゃへい術も使い、未知の攻撃に耐える。

うずくまり、ガクガクと震えながら。


……こんなリディアを見るのははじめてだ。

なんとか守ってやりたいが、僕には効果がないらしく彼女が何に耐えているのかがわからない。

これでは守りようもない。


そうして、しばらく……。

リディアはなんとか立ちあがった。息は荒い。

だが、周囲にはより奇怪な光景がひろがっていた。


人足たちは全員、目をうつろにし呆けていた。

ある者は壁に頭を打ち付け、ある者は奇声をあげている。

またある者は、自身の爪が剥がれるのもかまわず、地面にぐりぐりと紋様を刻んでいる。

見たこともない、いや……見るだけで不快になるような不気味な意匠……。


「……とてつもなく上位の……精神攻撃です」

「――リディア!大丈夫なの!?」


ええ、とうなずく彼女はまだ弱々しい。


「精神魔法……上級の『防護プロテクション』の指輪をはめているのに?」

「……ええ、何か……法則ルール自体が違うのか、効果は薄かったです」


それでも、コレがなかったらもしかして……と周囲の男たちをながめる。

すでに地面の紋様は何人もの人足はいじんたちの手によって奇々怪々ききかいかいに肥大化している。

あれに彼女が参加していたかと思うとゾッとする。


「……えへえ…、なにこれなにこれ! こんなうまくいくなんてぇ!」

「…………。」


怪異を引き起こしたと思われる少女はにへらにへらと笑いだした。

地面にうずくまる男に蹴りをいれたり、呆けた男の目の前で手を振ったり。

そのたびに少女の笑いはいやましていく。


「……ふーん、マナが濃いからゲートがクソでかになったのかぁ」

「……あの、いいですか?」

「わあああっ!!」


リディアに声をかけられ少女が飛び退く。

しかしそのへらへらした表情は変わらない。


「……なに!? なんでアンタ効いてないの?」

「私はあなたを攻撃する気はありません」

「えっ! あっそう……じゃあいいいか……。えと、じゃあ友達になる? ……やっぱ嫌……だよねだよね、私なんかさだって……」

「いいですよ、お友達になりましょう」


ずい、とリディアが少女に手をさしだす。


「ひあああっ!? マジ!」


これには僕もおどろいた。

彼女が手をさしだすなんて、相手をだいぶ人間扱いしている。

今まで、妹のユーミルかネビニラルの姉妹、あとはジェレマイアぐらいだ。

つまりこれで5人目か。


「いいよ、いいよ、なろうなろうお友達! でも絶対裏切ったりいじめたりしたら嫌だよ! ラインで陰口グループとかも止めてよ!」

「ええ、大丈夫ですよ」


にこりとほほ笑むリディア。

少女はにへらとほほ笑み握った手をぶんぶん振る。


こうしてリディアに友達が増えた。

……いや、うん……友達でいいんだよね?

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