20日目 能力解析

 巨大樹の下、円状のテーブルでマシロに関わっていた者達が座っている。


 本来はセッちゃんや守護騎士ウォル程度の身内のみでいいかと思っていたのだが、先程の行為のせいで、何かとマシロに挨拶(拝む)をしにくる人が後を絶たなかった為、テーブルの上に大量のご飯、傭兵隊長に任命したレオンや料理オーナールイス、その嫁サクラ、料理兼裁縫職人(?)アイラなどを呼び、今忙しいですアピールをして中断させた。


「これでマシロ様に挨拶する輩はひとまず来ないでしょう。さて、先程から解析さしていただいた結果ですが、【シナプス】という魔法の一種という事が分かりました」


「ほむ。うちにも魔法ってやつが使えてたのねぇ」

 蜜がたっぷりかかったパンに手をかざし『ほのお』と言ったが、反応はなくショボンとしている。どうやら蜜を軽く炙り、更に甘味を出したかったらしい。


「すみません。魔法⋯⋯といういうものではなく、まほうという言葉を使うしか、私達には理解できないのです。それと、これがマシロ様のステータスです」


【マシロ】

 LV1

 HP8

 力1

 体力2

 素早さ1

 魔力1

 やる気1

 やる気無し80

 その他16

【固有】

 無


『⋯⋯⋯⋯』

 レイ以外は、期待していたものとかけ離れていたのでかなりガッカリしている。マシロ自身は「ふ〜ん」程度であった。


「あの⋯⋯これってとてつもなく弱いですよね?」


「えぇ、単体でいえばですね。これが数え切れないほど存在しています。要するに細胞の更に小さい細胞一つ一つの数字ですね。固有は『無』となっていますが、先程も申しましたが名前が最初から存在しないのです。いうなれば、始祖の魔法や原初の魔法でしょうか。生物が生きる為に呼吸をするかの様に自然とつかっていますので⋯⋯」


「でも、最初の魔法より、今の魔法の方が改良されているから強いのでは?」


「いえ、知識として解明しそれを解読して使えるようになった魔法というのは言わば、切り崩して一般人達が普通に使えるようにした劣化型ですよ。例えば【シナプス】で言いましょうか。簡略的に言えば、これは物体が接合してくっついているのを切り離したりくっつけたりできるものです。私達の魔法でいえば再生や切断になるかもしれませんが、シナプスの場合は身体組織を壊さないようにパズルを崩すようにしていくだけですね。ですので、マシロ様の細胞(みず)が一滴でも身体に入ればそこから身体に命令を出す細胞が次々とマシロ様に浸食され、相手の知らないうちに主導権を勝手に握られて、腕や足をパズルのように切り離したりできるようになるという訳です。無論、痛覚なども切っていれば痛みすら伴いませんし。接合すれば元の通りに動くようになります」


 自らが身をもって体験したのを合わし総合し纏めると、これなら一方的に負けたとして辻褄が合うし納得できるのであった。


「えっと、それってさ⋯⋯マシロに勝てる者はこの世にいないってこと?」


「事実上はですね。どんなに強力な魔法でも元は魔素ですので、マシロ様に当たれば魔力水となっていくだけですので、眼に見えるものなら無敵といっても過言ではないのかもしれません」


「細胞の更に細かい細胞と仰られましたが⋯⋯それには意識というものが存在するようなものなのですか?」


「答えは否です。本来はありえません。正確にいえば生きている全ての生物が形をつくるために存在している微生物かもしれませんが⋯⋯私の解析でさえ判明までには至りません。マシロ様が人の硬直させ動かさなくさせるのは、その細胞に働きかけている為だと推測されます」


「ふ〜ん」

 マシロは特に興味がなさそうだ。


「マシロさま、あなたの能力の事なんですよ」


「いえ、いまのマシロ様では⋯⋯その反応で正しいのです。それは逆にかえせばデメリットともいえますが⋯⋯マシロ様には何かの理由で本来の肉体というものが消失しております。ですので、どういう経緯でぐーたら生活を求めているのかは計りかねますが、細胞の存在意識である肉体という概念がない為、生きる為に必要な興味のある事以外興味がないのだと思います」


「楽(らく)して美味しい物を食べること⋯⋯」


「そうです。マシロ様が一番最初に出会ったのがゴブリンですが、もしも、そのゴブリンが会話出来るほどの知識を持ち、マシロ様を助けていたら⋯⋯場合によっては、この水都はすでに廃墟とかしていたのかもしれません」


「それは言い過ぎじゃ⋯⋯」


「いえ、これが答えですよ。もし、この『今の美味しい物を食べる』という考えが、『人間を食べてみたい』とか『全ての生物を食べてみたい』とか、『この地上は私一人だけでいいや』など思っていて生まれたのであれば、世界はすでに終わっていたでしょう」


 一同、ぞくりと悪寒が走る。


「この世界に肉体はあるのでしょうか?」


「残念ですが⋯⋯わかりません」


 シーンと少し暗い空気になるが、モキュモキュと食べていたマシロがみんなを見て一言だけ言った。


「どうでもいいけど、過去の分岐がどうなろうと、今がこうなったんだからいいんじゃない? 何で悩んでるん?」


 その言葉に全員が眼をパチクリさしている。


 それもそうだ、そうなった場合はすでに死んでいるだろうし考えても無駄な事なのであり、今がこの状態である事、それ以上それ以下ではないのである。


「ん〜おいひぃ♪」


 この日は夜通し祭りで盛り上がったのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「イケボでござる。イケボでござる。顔なんて飾りのイケボでござるよ〜」


 まっさらな世界。一人の男がリズムに合わしながらコツンコツンと歩いて行く。


「おかえり、レイジ君。なにその変わった歌」


 レイジと言われた男。背が低く身体もブクブクと太っており、ボサボサの頭とブサイクな顔をしていたが、本人はきにもせずに頭をボリボリと掻いている。


「神よ。ただいま戻ったでござる」


「っていうか、なんだいその姿⋯⋯。流石に8回も世界を救ったら飽きてくるものなのかい?」


「グフフ、そうでゲスね⋯⋯。こんなゲスな喋り方、こんなゲスの姿をした勇者でも、世界はちゃんと救ったでござるが、褒美に姫と結婚するはずが、魔王を倒す旅をしている間にどこかの王子と婚姻して身篭っていたでござる」


「そりゃぁねぇ⋯⋯。でも、種子はちゃんと撒いたの?」


「勇者の種子は、冒険を急かされた際、夜も含め全ての世話役として生贄みたいに差し出されたどこかの平民女性に渡したでござるよ」


「王族がそれぐらい見抜けないとは⋯⋯と普通なら思うけど⋯⋯その姿じゃ、偽っているとも思えず調べる事もしなかったんじゃない?」


 レイジは身体の周りに巻きついている封印魔術を解除すると、長身でイケメン姿に戻る。


「まぁ、最後のお別れ時に、この元の姿に戻った時は面白かったですよ。最初は魔王を倒すだけに急かしまくっていたのに、最後は勇者の血筋が平民女性に宿ってしまっている事に気づくと否や、どうにかして王女にもその血筋を求め、手のひらを返したように引き留めようとするものですから。その傍らで平民の女性はうっとりしていましたよ。冒険していた時に付き添っていた記憶も全てこの姿の記憶に塗り替えられていますからね」


「むしろ、私としてはあの姿で最後までやった事に称賛するよ」


「まぁ、普通にやればもう簡単すぎますので⋯⋯。これぐらいで、まぁまぁ楽しめました。次は更にひどくしてみてもおもしろいかもしれませんね。では神様、次に救う世界はありますか?」


「ん〜あるにはあるけど、ちょっと失恋状態だからもう少し放置しておきたいんだよね」


「神が失恋ですか⋯⋯?」


「そそ、人間なのに神格化を得るまで貢献してたんだよね。しかも竜などの強力な敵いないし、魔法などもない平和な世界で。で、少し試練を与えてから、私と共に生きてほしいって言ったんだけど断られちゃった」


「それは、神の誘いを断る愚かな事をした人もいるのですね」


「ううん。まぁ最初は断られるとは一切思わなかったんだけどさ。あの人は肉体を捨て、永遠に強者に食われてく転生を『世界に貢献して行く人生もいい』と言ったんだよね。まぁ、詳しい内容は言う必要もないから言わないけど、あの時の表情というか生き様がとても『愛おしい』と、はじめて感じちゃったよ」


「肉体はどうしたのですか?」


「ここにあるよ。『私が行く予定だった代わりの人へ少しでも能力の足しにしてほしい』ってさ」


 空白の空間が、一瞬で庭園のような場所に変わり、芝生の上に座っていた女性の傍らにお爺さんが寝ていた。


 この時、すでにレイジは目を奪われていた。


 無論、寝ている爺さんではなく、それを愛おしそうに見ている女性にだ。


「まさか⋯⋯神なのですか?」


「ん? あぁ、ごめんごめん。そうだよ。この人に見合う人間の形を造っただけなんだけどね⋯⋯この姿を崩し切れないのが、なんだか名残り惜しいのかもしれないね〜。彼とのつながりを断ち切るようで、勿体ないきがしているのだと思う」


 レイジは爺さんを眼を細め嫉妬をしたように見る。


 レイジの目的は、神のように強くなる事。異世界転移者だったレイジの最初の世界は純粋に勇者として冒険を楽しんだ。幾度の試練を超え世界を救った。


 そして世界を救ったあと、彼は神に『元の世界に帰るより別の世界に行き世界を救いたい』と言った。強さを得るという事は神に近づけると感じたからだ。


 それを受理され、彼は様々な世界に行くことになるが、2番目の世界を救った後、彼は簡単になっていた事に落胆し引き継がれたステータスは『世界の種子』として、その世界に残していく事にした。次の世界ではスキルを手に入れ、次の世界では魔法をーーこうして彼は着々と力を得ていた。


 そして現在、彼の考えは『神と同じ目線に立つ事』と、『こちらが一目惚れをするような女性を伴侶にする』の二つであった。


「⋯⋯⋯⋯」

 

 目の前にいる寝ている爺さんを愛おしそうに見ている女性に、間違いなく『一目惚れ』をしてしまっている自分がいる。


 そして、どれだけ世界を救っても神格化というものを得るに足らない身体。それをクリアしている身体が目の前にある。


「レイジくん、どうしたんだい? さっきからジッと固って」


「あ、いえ。申し訳ありません⋯⋯もし⋯よろしければ、その世界を私に任せてはいただけませんか?」


「きみに? う〜ん。まぁ、君なら問題はないんだろうけど⋯⋯」


「それで⋯⋯厚かましい申し出ですが、そのお爺さんの身体を使わしてほしいのです」


「この身体をだって?」


 女性がピクっと反応すると、背筋がゾクリとする程の目線がこちらに向けられる。


「えぇ⋯⋯いま、この身体の持ち主は⋯⋯あの世界にいらっしゃるのですよね?」


「そうだね⋯⋯」


「なら、私自身が行き世界を救ったとしても、その彼は終わらない連鎖を繰り返していくでしょう」


「⋯⋯」


「ただ、私がその身体と同化しあの世界に行った場合は、彼に会えるかもしれません。もしかすると、終わらない連鎖に苦しみ⋯⋯元に戻りたいと考え直しているのかもしれません」


「⋯⋯⋯⋯ふむ」


「元に戻りたい場合は、速やかにこの身体を彼に渡し、神は彼を連れ戻り、今一度選定をしてみてはいかがでしょうか? 無論、私が既に関わっておりますので世界は私がお救いいたします」


「⋯⋯か、彼は、元の身体に戻りたいと思うのかな?」


 戸惑い恥ずかしがっている表情。不安と期待が混ざったような顔だが、それがまた愛おしい程可愛くも美しくも見えた。


「私程度ではお答え致しかねます。が、元人間である限り、食物連鎖の最下にて永遠に喰われていくなら、逃げ出したいと思うのが私の意見です」


「⋯⋯分かった。いいよ、許可しよう。ただし今の彼は固定さしてもらうよ。同化すると少なからずとも不純物が混ざる可能性があるからね」


「⋯分かりました。全ては神の意思のままに」


 片手で軽く髪をあげて、お爺さんにキスをすると身体中が一瞬輝く。


「これでいいよ。ただ、わざわざ彼を探す必要はないから、普通に世界を救ってもらえる?」


「よろしいのですか?」


「うん。彼の意思が聞きたいのはあるけど、もし戻りたいと言うなら少しガッカリしそうだし、戻らなくていいと言われるとホッとするかもしれないけど⋯⋯未練があるかのように思われて嫌われたくないのもあるからね」


「分かりました」


 爺さんに触れ、同化を開始する。


 同化とは、器の大きい方がベースとなる為、大きい方に吸収される。世界を何回も救ったこの身体は間違いなく器もそれなりにでかくはなっている為、何もしていない爺さんなんかに負けるとは思わなかったが⋯⋯。


 結果、俺は爺さんに取り込まれた。


 同化して初めて感じる器の大きさ。この身体は渇き萎びているが、俺の身体とは根本的なものが違う。ベースの方になるという事は、本来の姿もそうなるべきはずなのだが⋯⋯ベースだったはずの爺さんは、瞬く間に萎んでいた身体水分を含むかのように俺の姿へと変わっていた。


 神が、どことなく満足げに嬉しそうに俺を見ている。


 だが、実際は俺ではなく、俺の中にいる器を見ているのだろう。


「では、神よ。行ってきます」


「うん。行ってらっしゃい。君の無事を祈ってるよ」


 こうして俺は新しい世界へと転移した。


 この世界を救う間に、この肉体の完全同化と神の固定を外し、元の人物には魂すら完全消滅をしてもらう。ただ、神の固定を外すのは、おれでは到底できるものではなく、元の持ち主に返還する一瞬を狙うぐらいしかチャンスはないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る